読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

左右差→翼

政治 政治-民主主義

理想と現実の狭間のright

しかたなしのらいとはんど?

 ガッチガチの保守であっても理想としては、戦争がなく軍を必要とせず個々が自由に生きられるアナーキズム・無政府主義がユートピアとして描きだされるのではないでしょうか?

 

 しかしそれでも、現実を理想に近づけるには右・保守よりの立場によらざるを得ないからそうしているのではないかとおもいます。

(近年、とくに安保世代はそうでもなさそうですが…)若年者に左がおおく、年輩者に右がおおいようにみうけられるのはこのためではないかとおもいます。

 

 現実をみつめて…理想を追うか、理想に近づけようとするか。

 

好戦的に見えて争いをなくそうとしている?

 たとえば核問題では、理想を追えば(核処理の問題はおいといて…)全世界が協力して一斉に核を放棄しましょうとなるのでしょうが、そもそも現代の核問題は、これまでの兵器、もっと言えば力・技術の問題の代弁・代表であって、たとえそれが実現して解決したとしても、核がバイオ(一応国際法ありますけど〜…)や反物質など、主語が置き換わるだけで、力の問題そのものの解決には至らないでしょう。

 

 この点と〜〜っても右に友好的なみかたをしますと、右の方々は核の問題をとおしてこれからも起きるであろう力の問題そのものの恒久的な解決を模索しているとも言えなくもなくもないのではないかと存じます。

 

意図的な左利きの牛(歩)?

 右よりにたったついでに、くわえて一言いたしたく存じます。

 

 核問題について考えるとき、左の方々から「核を持っているから使える。核を持っていないから使えない。」といったような言葉を聞きます。

 この「から」というのが曲者で、この「から」という語によって論理飛躍を隠蔽しているようにみえます。

 

 使用と保有の問題を一旦別にして考えて話し合わなければ堂々巡りになってしまいます。現に左右の議論の構図はいつもそうなって平行線をたどり不毛も不毛、髪の毛一本生えません。むしろ血圧あげて怒声と罵声を飛び交わし、抜けていく一方。

 

 左の方々は意図的にそのような戦略をとっているのではないかと勘ぐってしまうほど、すこしでも話がすすみそうになると、使用の問題に話をひきもどしたがっているようにみえます。

 

共謀牛?

 なので右の方々は「使用と保有とを別にして考えましょう」宣言を明確かつ強く提示してからテーブルにつくようにした方がいいのではないかと存じます。

 

 問題についての話し合いの前に、話し合いの仕方についての話し合い、合意をえることが肝要かと存じます。

 

 政治ごっこが目的であるのなら、逆にそうしないことが安定的かつ長期的かつ友好的?に、いつまでも…「い〜つまでも〜たえる〜ことなく〜お~ともだちと〜」お話し合いを続けられるとおもいますよ。

 もしかして現在進行形?

不毛地帯

不毛地帯 (第1巻)

  • 作者: 山崎豊子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/17
 

 

必勝の後出しジャンケン

 現実的に考えれば、核を一斉に放棄することはおそらくできないでしょう。

 

 新たな力の問題に置き換わるだけだということもありますが、核に限って考えても、核を最後まで持ち続けた国や、全世界が放棄した後に国際ルールなど無視するテロリストやそれに準ずる国や団体、個人が現れれば、そのような集団が発言力をもちうるからです。

テロリズム―正義という名の邪悪な殺戮

テロリズム―正義という名の邪悪な殺戮

  • 作者: ブルースホフマン,Bruce Hoffman,上野元美
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 1999/08
 

 

しかたなしの選択

 クリントン政権のころだったとおもうのですが、以前アメリカで、日本人留学生が知人宅と間違えて、家主の制止の言葉を聞き取れず撃たれて亡くなったという事件がおきました。

 銃社会のアメリカでもたびたび銃規制についての運動がおこりますが、この事件の直後にも銃規制運動の高まりをみせ、一部のひとが銃の所持をやめたところ、そこに銃を持った犯人に家族を殺害されたという事件がおこりました。

 その後、その家庭では、不本意ながらも自衛のために、ふたたび銃を所持するようになりました。

 

 みずからの意志や理想に反して、した方がいいこともあるのではないでしょうか?

 

 平和にむかう道すがら、どのような過程を経るにしても、すくなからず犠牲は生じてしまうのでしょう。

 ではどちらを選ぶのか?

 どの犠牲を選ぶのか?

核がなくならない7つの理由

核がなくならない7つの理由

  • 作者: 春原剛
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/10
 

 

安定の両翼飛行

もれなく平和思考

 「憲法9条を世界遺産に」という声は、平和をしこうするのは日本だけで諸外国は平和をしこうせず明文化もしていないといっていると解釈されかねないのではないかと…。

 

 そもそも憲法は権力であって権力の根は暴力なのですから、伝言ゲームがうまく伝わらずに曲解されて、日本は平和を暴力によってしこうする、平和のためなら暴力も辞さない国だと捉えられかねないのではないかとハラハラすることがあります。

 

 忘れてはならないのは、全員とは言えないのかもしれませんが、左右の別なく、誰もが快楽のために力を得ようとしているのではなく、平和を望んでいるということです。

 そこに左右の違いはないだろうということです。

 そこに至るまでの、おもい描いているプロセスが左右にわかれているのです。

 

羽はあっても…

 片翼では空も飛べません。

 一般市民の感覚では右も左もないのではないかとおもいます。

 右だろうと左だろうと、よき政治を望んでいるのです。だから政権交代がおきたのでしょう。

 それがよかったのかわるかったのかは…【わるかったですけどねっ!】言いますけれど。

 

 身体のない翼はピクリとも動きません。

 せいぜいが羽飾りの材料?

 

 歴史は大いなる実験の結果であり、現在は有史以来たゆまず続けられてきたその実験についての新たな仮説創造・検証の営みの場でもあります。

 

 その実験は平和についての営みのこと。

 

こちらもいかが?