昔々あるところに、あらゆる傷を治癒し、それができないときでも最期まで隣で見守ってくれるお医者さまがいましたとさ。
ある日そのお医者さまは背中に小さな小さな傷を負ってしまいました。
それがあまりにも小さく、ちょうど手の届かないところであったので、自分では診ることもできず、痛みもないので放っておきました。
数日たって傷のことなどすっかり忘れていた頃、にわかに傷が少しだけうずきだしました。
それでもうずく程度のほんのささいな違和感だと、また、放っておいたある日、まだ傷口は閉じていなかったのか、傷口が開いたのかはわかりませんが、徐々に、それでも確実に熱と痛みをもっておそってきました。
お医者さまはみんなに傷を診てほしいと頼みましたが…
「今ちょっと手がはなせないから…」
「自分で診てみたら?」
傷を診てもいないのに「だいじょうぶ。だいじょうぶ。」
傷を診たのに「どこにあるの?」「他の誰かが診てくれるよ。」とあしらわれてしまいました。
その後お医者さまは傷を診てくれそうな人を探して隣町にまで出かけて行きましたが、それでも傷を診てくれる人には出会えませんでした。
結局お医者さまはその傷が原因で死んでしまいました。
お医者さまの葬儀にはたくさんの人が集まり「いい人をなくしたなぁ。」と口々にほめそやし、そそと泣きました。
葬儀が終わって数日すると、お医者さまのことを口にする人も、お医者さまを覚えている人もそこにはいませんでした。
時々、なにか困ったことがあったときにだけ、ほんのひととき思い起こされることがあるだけです。
そんな光景を見ていたお医者さまのいた近所に住む猫は、ますます人間を信じなくなりましたとさ。
おしまい。
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