あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

構成の良いコンセプト・アルバム


 CDの売上げが落ち込み、音楽はネット配信のもので欲しい曲だけを買うというのが今やフツーとなっている若者には今やもうなじみがないのかもしれませんが、音楽の販売には大別してシングルとアルバムとがあります。

 「ベスト・アルバム」といってヒット曲を集めたCDが今も売られていますし、お手元にお持ちの方もおられるでしょうから「CDアルバムってなに?」という方はいらっしゃらないとはおもいますが。

 

 「アルバム」と一括りに申しましてもそのアルバムには先述したようにヒット曲だけを収めたものや発表順に並べたもの、コンセプト・アルバムといわれるものもあり、その種類・形式にはいくつかあります。

 

 いずれにしましても「こう言っちゃあなんだけど、結局アルバムって、ただの詰め合わせでしょう?熱心でコアなファンでもない限りほしい曲だけでいいよ~。他の曲ジャマ。」とおもっておられる方は少なくないでしょう。わたしも基本、そのスタンスです。

アルバム形式、特にコンセプトアルバムは果たして死んだのか? - Past Orange

 

 ただアルバムにはいいところというのかおもしろいところがあって、ベスト・アルバムにせよコンセプト・アルバムにせよ、なんどかそのCDを聞いていると、なんどもそのCDに収められた曲順で聴いていると(←スキップやランダム再生とかはしないってことね)、その曲順でないとなんだかモヤモヤするだとか「違う!」と、別に違うわけではないのに期待を裏切られたような気持ちにさせられたり、ある曲終わりに「次はあの曲だね!」と、勝手に想起されたりするようになります。あるでしょう?それで「お気に入りのあの曲は入っていないのだけれどこっちのアルバムの方が好き」ということとかね。

 

 つくり手からしたらそういったところまで考えて考えて選曲して順番変えて、ときにアレンジしたりテンポや音色をちょっとだけ変えたりつなぎの曲を新たにつくったりしていることでしょう。

 

 このような配慮というのか、1曲ではなくアルバム全体で1つの作品にしようという意図のつよいものが、とくに「コンセプト・アルバム」と銘打たれてリリースされます。

 どのような「アルバム」もなにかしらの「コンセプト」をもっていますから、たとえ銘打たれていなくとも、すべのアルバムが「コンセプト・アルバム」なのですけれどもね。

 

 ただ「コンセプト」の意味を「売りたい!売れたい!!」「ディスコグラフィの作成」「元気になってほしい」「応援歌」「大会を盛り上げたい」といったことではなく、「ストーリー性」や「構成」、「統一感」といったことに主を置くものだとすると「コンセプト・アルバム」はその他のアルバムとはハッキリと分けられるものでしょう。

 

 とはいえ「コンセプト・アルバム」のなかには制作者の意図が読み取れなかったり構成の妙が感じられず物語性に欠けて物語っていない、「コンセプト・アルバムなんて言っちゃって、ただの寄せ集めじゃん。コンセプト・アルバムって言っとけいいだけだと思ってんじゃあないの?」と思われがちです。

 

 その原因は制作者の側のただの自己満足であったり、技術的に凝りすぎて・ひねりすぎて聴く側のひとたちを引き離してしまったり、あるいは聴衆の側がコンセプトを読み違えたり聞く耳をもっていなかったり、もっと単純に好みが違ったからなど、いろいろ考えられます。

 

 それでも問うてみたいのです。

 これまでに聞いたアルバムのなかで「コンセプト・ストーリー性」とまでは言わないまでも、「このアルバムは最初から最後まで曲順がちゃんと考えられていて構成がいいなぁ。全体でバランス良くって「これはアルバムでないとね」「アルバムの良さが出てるね」というようなアルバムご存じですか?」と。

 

 言うほど評判も評価も高くありません(それどころかやや低め?です)が、わたしにはbrandy(ブランディ)の『NEVER S-A-Y NEVER』がそれにあたります。

Never Say Never

Never Say Never

 

 

 「物語性」ということではなく「構成」(←まさにこの点に対する評価がかんばしくないようなのです)が、わたしには「いいね」と思われるのです。

 

 いろいろ、いろいろあったけれどもっと歌で出てきてもいいのになぁ~。もっと出てきていてもおかしくないのになぁ~。と、最近のようすは知りませんが、そうおもっておりました。

 

 感性はひとそれぞれですが、全体の流れや曲順の妙といった構成の良さでこのアルバムを取りあげるって…変?