『傲慢と善良』。
この本はあらゆるひとを傷つけます。男でも女でも親でも親友でも、誰もが身に覚えのある物語が展開されていてじっくりじわりとそれまで傷ではなかった傷をも抉ります。ゆえにそれを”傷付ける”と言いたい。
とはいえそれは罵詈雑言が連ねられているだとか直接手を下すといったことではなく、これまでの自分の言動を省みさせて、つまり過去の自分が今の自分を苛むのです。過去へと行って還って来る自傷行為のように、あの時のあの言葉は如何に無遠慮で傲慢であったか、といったように。
人間関係の中でも特に親子関係、親が「あなたのためを思って」の名目で発せられる言葉の分析の明晰さとそれを的確に言語化している点は特段傑出していて秀逸なところです。それだけに深くじんわりと抉られる思いがするのです。
自分がされていやだったことを、そのときは「自分はこんな大人にはならない」「ひとにはしない」と強く思ったというのに、いざ自分がその立場になったとき、同じことをしてしまっていることが多いこと、部活の上下関係の如し。会社や家庭でもたびたび見かけられてしまうことでしょう。
この物語の中では社会を揺るがすような大事件は起きませんが、その家庭や人間関係においては一大事なよくあるありふれた大問題が起きます。殺人は起きませんが、心が瀕死となる人や人の心の過失致死傷罪を犯す人ばかり出てきます。
一方で、「大恋愛」が描かれた恋愛小説でもあります。むしろジャンルとしては恋愛小説に分類されているのですからこちらが本筋なのでしょう。他に「恋愛ミステリー」という分類の下に紹介されていることもありますが、わたしには恋愛でもミステリーでもなく、そういったものも含めたジャンル分けの難しい、ジャンルフリーな、言うなれば、ただ”小説”としか言えないような、小説というジャンルでしか表せない物語であると思いました。
善良を装った誘導、支配、悪意、傲慢。
一見、傲慢に見える優しさや善良。
男女関係、親子関係、友人関係、無関係と、様々な人間関係の気持ち悪いところが的確に描写されています。
「酔っていたから」と言いつつ酔っているところに呼び出している場面など、ほんとイライラさせられるところ盛りだくさんなのですけれども、イライラの総量を上回るほどの自省を促し自制を促すような教訓めいたものも得られる小説だと思いました。
心に動揺を催させる現代日本では割とよく見られる一般的な風景が描かれた一陣の風の如き怪作。一般的でいて怪作であるのは日常を詳細怜悧に分析し、それを見事に言語化できているという特異さにある、と、わたしは感じました。
自分が傷つかないためではなく、ひとを傷つけないために必読の本なのではないか、とも思いました。『傲慢と善良』を聞いて、このことには努々注意してしないようにしよう、言わないようにしようと決めたことが私には少なくとも2つはありました。
すでに数々の賞を受賞していますが、これからもさらにひとの過去のスティグマを、潜在的な受傷者をあぶり出す凶器の小説であり続けることでしょう。