あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

禍々しくも透明

透明な慣習

 死は人生の終わり。

 死は結果。

 

 でも目的ではありません。死が目的ということがあるでしょうか?

 自分(の意識)を消すため

 消えるため

 天国へ、地獄へ行くため

 死後に何があるかを調べるため

 楽になるため

 

 死は他の何かのためであって目的ではありません。

 目的にはなりません。

 

 死ぬために死ぬというのは(有意味でなければならないというわけではありませんが)無意味です。

 生きるために生きるというのも同様に無意味です。

 

 普通は死ぬための目的を持たないので死のうとはおもいません。

 また、生きるための目的を持たないので死に近づくことがあるのでしょう。

 

 (死ではなく)死目的があるとすれば、それは消えること。終わらせること。

 死ぬから終わるのであって終わるから死ぬのではありません。

 終わらせるために死ぬのでしょう。(しかしそれで終わるとなぜわかるの?)

 

痛みの献身

 死をおもうときすくなからず痛みがともなって想起されるでしょう。

 消えることをおもうときそこに痛みは含まれていますか?

 

 痛みが好きなひとがいきすぎて死んでしまうことがありますが、これは結果・事故であって目的ではありません。

 

 病気などでいつ終わるともしれない苦しみや痛みを終わらせるために死を選ぶひとがいます。

 このひとにとっては終わらせることが目的。

 死ぬことでも消えることでもなく終わらせることが…。

 

 消すことを目的とするひとが死を望むとき、そのひとは死が痛みをともなうことをいやいやながら受け入れるのでしょう。

 死ぬことが目的だと錯覚しているひとが死を望むときは死が痛みをともなうことを厭わないのかもしれません。

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 生きる目的、死ぬ目的を見つけることは、行き方を見つけること。

 目的が達成されるまではその目的のために生き続けようとするでしょうから。

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生死をつなぐ

青白く光るたくさんの浮遊するクラゲ 生物・生命の数だけ死があります。

 生物は必ず死にます。

 では世界は死の生産工場?

 

 映画『ブレイブ』より

「家系か?」「死ぬことが?」

 生物には唯一絶対遺伝されるものがあります。それが死。

 アポトーシスもその一種。

 

 死は死にません。死を生きることもできません。

 死を殺すことはできませんが生を生きることはできます。生を生むこともできます。

 死を生むことも。

 

 生は死の前提・創造主。

 死は生の必然・運命・暗殺者。

 

生生活

 人はなぜ生きるのか。理由はありません。死ぬ習慣がないからです。

 生きようと意思して生きているひとはいません。夜寝て朝目覚めるから生きています。そのくり返し、その連続。

 このルーティーンが生まれたときから、物心つく前からはじまるのですから、それが習慣であることにも気づきません。

 習慣のなかでも最も大きく根底に強く深く根づいているにもかかわらず、それがあまりにも自然に生活に溶け込んでいて禍々しいほど透明であるから誰も気づかず、誰にも気づかれない信仰になっています。

 

 習慣が道徳の根拠であり、教育が習慣を強化・創造・革新します。

 教育だけでは道徳は根づかず、習慣化することで強固となります。

 悟りを知ることと生きることとの違いのように、似て非なるもの。枝がゆるく波打つ水面に映り不気味な雰囲気を醸し出している白黒写真

 生きる習慣があれば生きる道徳が生まれます。

 死ぬ習慣があれば死ぬ道徳が生じます。

 根本的に意味のない世界ではどんな意味を付与してしまっても許されます。

 ないということはすべてを許容します。

 そこで習慣に意味づけて道徳としてきました。

 しかし根源が無である以上、根源に立ち返ればすべての有が無に反転します。

 知能誕生後「習慣の道徳化 ←→ 道徳の習慣化」の相互強化プロセスが始動して、より強固となっていきました。

 何が強くなったかといえば…

 …無意味を覆い隠すベール。

 

生死の透明化

 生存事実が生存理由を生成して、それを強調して「生きねばならない」「生きるべき」「生きろ」と生存至上主義を謳いあげ、生存が倫理・道徳となり生きることが善となります。

 死は悪。生存を脅かすものは不道徳。

 

 それを押さえ込むために暴力がもちいられることがあります。

 暴力によって押さえ込むための国家が形成されて国を守ることで生存が容易となり、国に生存を(ある程度)保証されて生存が容易になります。

 

 そして…循環をくり返すほど自明視される度合いが強くなってゆく。

 それだけ生存に溶け込み習慣化して自然・日常となっていく。

 

ないからこそ生み出せる

 意味があるのではなく意味そのもの。

 しかし意味そのものはありません。

 存在には理由や原因はありますが意味はありません。

 無意味な理由。

 理由の無意味。

 

 わたしたちは必ず死ぬ運命にあります。

 したがって生きる意味はありません。

 なんと自由で不自由なことでしょうか!

 

 生きる意味があるとするとそれを目指さなければならず、それに縛られてしまいます。

 しかし意味がないので何にも縛られません。自分でつくってしまってかまわないのです。誤謬ですけど…。

 

 現在を考えることができても現在を知ることはできません。

 不可知の世界であるから。不価値でもある。

 だから自分勝手に価値を、それこそ付加価値をくわえてしまってもかまわないのです。それが真理や真実といったものからは程遠くとも、だからといって虚偽でもないのですから。

 

 デザインの起源。形のないものに形を与えること。デザイン→創造

 道徳のデザイン。感情のデザイン。こういったものの設計が考えられてもいいんじゃない?

 

潮が満ちて来るようなそんな充たし方で人は己が生涯を何ものかで充たすべきだ。

 井上靖さん色紙より(おかあさまが唯一「先生」と呼んでいた作家さん。)

満ちて来る潮

満ちて来る潮

  • 作者: 井上靖
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1959/09
 

 

 生きていく方法は考えますが、生きることについてはあまり考えられてこなかったようにおもいます。

 その方が健全で望ましい社会の姿だとおもうので、これでいいのだ!

これでいいのだ赤塚不二夫自叙伝

これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝

  • 作者: 赤塚不二夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/10
 

 

 メメント・モリもりもり盛り。

 

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