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あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

対等な公開インタビュー

社会 社会-風刺

 世界大会7連覇中で逆転優勝をはたしたリオ五輪体操男子個人総合の競技後の記者会見で、ある記者が内村航平さんに「わずか0.1ポイント差の勝利です。あなたは審判から同情を受けたと思いませんか?」と質問しました。

 この前後の経過は省略しますが、なんといいますかデリカシーのないつまらない質問をする記者というのは日本に限らずどの国にもいるのですねぇ。ということが確認できたとても参考になる出来事でした。

 日本には毎度つまらない質問をすることで有名な毎度批難と批判の両方を浴びておられる記者の方がいらっしゃるようですが、みなさんはごぞんじでしょうか?

 わたしはそのような話を聞いたことがあるというだけで、その方の名前も容貌も存じ上げません。同様に、冒頭に挙げました質問をされた記者の方の名前も顔も存じ上げません。

 

 なぜなのでしょうね?

 デリカシーのない質問をされた記者さんのインタビューがされないのは?

 なぜなのでしょうね?

 その方の実名や質問されている方の顔が映しだされないのは?

 

 わかりますよ。

 会見場に記者の方に向けるカメラを置く場所もその意義も需要もないこと。

 だれも質問しているときの記者の顔を見たいとは思わないこと。

 顔や名前が世に知られて取材活動に支障がでるようになってしまうかもしれないこと。

 

 でもね。

 大きな記者会見やワイドショー、バラエティー番組なんかでは質問者の顔がワイプで抜かれていることがありますから、それはしないだけでできないことではないでしょう?

 主催者側でも報道機関が協議して決めるでもいいですが、1台だけでも質問している記者を抜いて、その映像は共有するようにしたらいいでしょう?

 

 質問される側はどんな質問が飛び出すかわからない状況におかれて応答し、その姿が公衆の面前に晒されます。

 対して質問する側はどんな質問をしても報道されることはほとんどない。まったく対等ではない。

 

 どこか1社ぐらい(最近よく言われる"差別化"という名目ででも)質問する記者を質問される方と同じように映したり、編集で質問される方と同じように画面下に名前や所属といったプロフィールや著書や略歴などの説明テロップなんかを表示するところがあってもいいんじゃない?

 

 なにか1つでもこのような動きがなければ目に余る報道活動がいつまでも余ったまま取り置きされ続けてしまうのではないでしょうかねぇ?