ここのところほぼ一日中イラストの着色作業に明け暮れているのですが、そのイラストを描いていて画像を拡大して修整するのにピクセルをみつめておりますと、こんなことをおもいます…
(わたしの場合はそのうちLINEスタンプ申請しようとおもっているのでW370px×H320px、余白をとるので実際の描画範囲は350×300を念頭に置いて考えてしまうのですが、)350×300だから10万5千ピクセル。
このおよそ10万個ほどのドットの集まり一点一点に(24ビット1670万色だと数字があまりにも大きくなってしまうので)8ビット256色つけられるので256^105,000。
輪郭線だけで考えるなら白黒二値なので2^105,000と、それでも膨大な可能性が考えられるのですが、ですがそれでも有限なわけで、おそろしい高速処理コンピュータを昼夜問わず走らせたら、(そんなコンピュータはまだありませんしいつかできるのかもわかりませんが、それでも)あらゆる絵が出力されうるのです。
すると(デジタルなものに限って言えば)創造的な創作活動とおもわれていることもすべて機械的に再現されうるもので、また潜在的にすでにありうるものとなりますから、ある意味「既存」のものが毀損されたと著作権や使用料、権利や許諾ってなんなのでしょう?そんなことに目くじら立てて争うなんてなんかむなしいし、人間の奢りなのではないかとおもわれてきます。
イノベーションというのは(なにもないところから)まったく新しいものを生み出すというよりも、既存のものを組み合わせた新しいものをつくるということです。
デジタル画像であれば"選ぶ"または"発見する"こと、イノベーションであれば"組み合わせる"こと。
いずれにせよ「(潜在的)既存」のもの、すでにあるものを利用した「創作物」。
著作権というより先見権や先行権、先選権や先取権といった方が近いような気がする。
デジタルな著作物は無劣化コピーが容易で(法的なこと等を除き)際限なくコピーを生成・出力できます。
コピーの氾濫で(デジタル著作権、デジタルな著作物に関する著作権ということではなくって、)デジタル著作物の著作権も(デジタル管理といったようなことではなくって、コピーが容易で複製が増えるという意味で)デジタル化がすすんでいくのではなでしょうかね。
著作物の著作権や使用料などでこれほどまでに目くじら立てていがみ合うことになる最大の要因はお金(富・財)の仕組みにあるのではないでしょうか。
他の要因も考えられますが、他のものはお金のように生活がかかっているということもなく、生命に関わるということもありませんから。