生きて今日を迎えるために、意味も理由もなく夜通し歩き通さなければならないひとがいる。
今日の朝日を拝むまで、当て所なく夜を徹して歩き続けなければ死んでしまうひとがいる。
そのひとは世を追われ社会を追われ家庭を終われて駅を追われ、公園を追われ森や山林からも追い出されたなにも持たないひと。
所在ないひと。
雨風を凌ぐ家もなくわずかばかりの腹を満たす食べ物もなく、躯をあたためる服も人もなし。
歩き続けるための靴も今はもうない。
それでも足を止めれば途端に迎えに来る凍死。
死神。
彼らの歩みほど生きることに直結した歩みがあるだろうか?
これほど無意味であるにも関わらず生と一体化した過酷な行軍があるだろうか?
これほどの徒労があろうか?
夜が白み。
今日もなんとか今日を迎えても、さりとてすることはなし。
朝日が昇っても帰る家はなし。
帰ってもいい場所がない。
なんじかんもなんじかんもあるきつづけてつかれはてているこのからだをよこたえるところがない。
陽の光でからだをあたためたいけれど、誰かの今日がはじまって、誰かのあわただしい朝がやってきて日向が埋められ奪われてゆく。
太陽を追っていたのに、その太陽が昇ったというのに日陰に追われて、今日はなにに向かって歩いてきたのかわからない。
人波が去り一段落するとやっと休む支度に取り掛かることができる。
誰かが目を通しただけで置き捨てた新聞を拾い誰かが口をつけた食べ物を拾う。
誰かが口をつけた食べ物をひとかじりして誰とはなしに自分に取られまいと残りは静かにしまう。
誰かが目を通した新聞を一瞥してそれを広げて風に奪われないように躯に静かに纏わせる。
眠りたいから眩しい日差しを疎み悪態をつく晴れの日。
寒くて眠られず顔を見せない太陽に悪態をつく曇りの日。
陰鬱で暗くつめたくねむってはならず悪態をつく雪の日。
なにも考えられず悪態をつく雨の日。
こうしてまた昨日が来るまで眠りにつければ御の字。
たいていは場所がない。
居所がない。
そこには先住民がいる。
長老がいる。
じぶんとおなじように昨日を歩き続けるひとがいる。
社会を追われ社会から逃れてきたところで社会に会う。
社会はどこまでも追ってくる。
人を避け人から逃れてきたところでまた人に会う。
人はどこにでもいてどこまでも追ってくる。
居場所がないからしかたなくまた歩く。
歩き続ける。
歩き続けてもう足があがらない。
でも歩く。
居場所がない。
足をあげられない。
足を引きずる。
歩みが遅い。
それでも前に進む。
前に足を運ぶ。
歩き続ける。
行くところはない。
歩く。
待ち焦がれた太陽であるのに早々に別れを告げて、つかの間の日差しを避けて気づけばもう、また昨日がすぐそばに。
今日もまた冷たくつらい暗くて孤独な昨日がもうすぐそこまで迫ってきている。
今日もまたあのおそろしい昨日がやってくる。
あとどれほどの昨日を迎えることになるのだろうか?
あとどれほどの今日を迎えなければならないのだろうか?
もう歩けない。
歩みを止める。
歩みが止む。
立ち止まる。
止まる。
おしまい。