食の家族記
刑事コロンボ「美食の報酬」をはじめ、コロンボさんはたびたび「夕食くいっぱぐれ」て、犯行現場でつまみぐい。
ところどころで味の感想を述べていたり、ときにはみずから調理して犯人に振る舞ったりして、実際にはおいしいのかどうかはわかりませんが、その料理の腕を(コロンボさんが刑事でなかったらトリックを見破られることもなく、逮捕されなかっただろうという意味合いでしょうが)「料理人になるべきだった」と評されます。
へぇ~そうだったんだぁ。
外向的ではなく比較対象がなかったので永らく気がつかなかったのですが、うちは貧しく、父の稼ぎの半分まではいかなかったとは思いますが、おそらく3分の1はタバコとお酒に飲まれていきました。
母は苦しい家計をやりくりしながらもそんな姿は一切みせないのですが、何年かに一度「おかずを一品減らします」宣言をしました。
しかしその法案は一度として施行されることがありませんでした。
この議案が再提出された何度目かのときに、なぜほんとうにそうしないのかを問うたところあまりにも意外な答えが返ってきました。
「食い意地がはっているから」
母は父とは対照的に大食漢ではなく、いろいろなものをたべているというわけでもなく、それでいておもってもみなかった「食い意地がはっている」という答えは、答えをもっているひとの答えではあるのですがまったき不正解の響きをもっていました。
「一品減らす」と口にしてもそれをできないのは自分のためでも家族のためでもなく、その他一切の「~のため」ではなく、単にそれができない、品数を揃えなければ気が済まないということだったようです。
食意識の下ごしらえ
戦後数ヶ月してやっとうちへと帰ってこられた若かりし日のおじいさんがまず驚いたことは、粗食だったことだといつか言っていました。
終戦直後でわずかだったでしょうが、それでも食料は優先的に軍人さんの方へまわされていたので軍隊生活の方がよっぽどよかった。「これは困った」とあのときは思ったと言っておりました。
そんな時代を幼少期にもったひとですから、それを「食い意地」と言うかどうかは別として、品数を揃えることが意地ではなかったかとおもいます。
水のぬくもり
わたしはどちらかと言えば食が細いようで、いまも三食食べるということはほとんどなく、そもそもお腹がすいたという感覚に鈍感なようで、お腹がすいたからというわけではなく、なにか食べたいとおもっても30分ほどほっておけばそれでけっこう、なんともおもいません。
冬場、冷えで目が覚めてしまうほど末端冷え性がひどくなり、整体師さんに「水分取りなさい」と言われてから意識して飲むようにしていますが、喉が渇くという感覚も疎いようで、いつ飲んだらいいのかいまいち判然としません。
ただ、水を飲むようになって気がついたことがあります。それは水はあたたかい。
あっ!冷えてきた。
と、おもって水を頂きますと汗をかかんばかりに体温が上がります。お湯ではなく水ですよ。ニコルさんではないですが「森はあたたかい」「水もあたたかい」。
わたしは「つめた~い」も「あつ~い」も苦手で常温派。
キンキンに冷えたビールよりドイツ流のビール。
飲み口のちっっっさいコーヒーのキャップなにあれ?あつすぎっ!拷問危惧としかおもえない。耐熱カップだと熱さがはかりづらくて危険きわまりない。
刷り込み
鳥は喉が渇かないそうです。
幼少期に餌をついばんでいるときなど、たまたま水分を口にしたときから水分をとるようになり、そのときから喉が渇くという感覚を得るというようなことが書かれた本を(ほんとかなぁ~?)読んだことがあります。
誕生日もそうですが、それは太陽や月の運行をもとにつくられているのはわかりますが、それでも暦はだれかがつくったもの。それにそって祝うのはなんかちょっと…と、多少の抵抗感を持ち続けてきました。
たとえば何十年か前の12月1日と今日の12月1日は違うでしょ?なのになぜ祝うの?なんで1つ歳をとらないといけないの?
といった感じで、なぜ12時に昼食を食べて3時におやつ?食べたいとおもったときに食べて休みたいときに休めばいいじゃない?なぜみんな一斉にお腹をすかせて、おなじように眠たくならなければならないの?
あとちょっととおもいながら1時間すぎ、もうちょっとできりがいいからと2時間。これはすぐ終わりそうだからこれを終わらせてからお手洗いへと予定して3時間すぎ、席を立つ前に一手だけ打っておこうと4時間。
もうこれでおわりにすると、寝食を忘れてというわけではなく単にその作業をつづけていたというだけで気づけば5時間。
なにをどれだけいつまでにやっておけばいいかを言って、あとはほっといてくれればうまいことやっておくからぁ~。とはなかなかならない分業化のすすんだ産業社会。
大企業ではそういったところもあるようですが、それは一部のこと。
商品は多様化してもその前段階は反多様化で灰色はとっくに通り越した限りなく黒に近いブラック社会。
どんな思い出話も最後は黒く塗りつぶされちゃう現代物語。