あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

(偽)社会主義とマルクス「資本論」の要約の失敗


 『しくじり先生 俺みたいになるな!!』は普段みてはいないのですが、番組を録画予約する際のラテ欄にある番組概要に「2行で要約」といったことが書かれておりましたのでみてみました中田敦彦さんによる「しくじり偉人伝 マルクス資本論」の回。

 

 思想のところの解説はあれとして、マルクスさん周辺の話はおもしろかったとおもいます。

 

 それで肝心の思想のところの解説、「資本論を2行で要約」のところはどうだったかというと…

 「階級闘争」をフィーチャーして、そこを要点と見「お金持ちと貧乏な人の格差社会をなくそう」との『「資本論」中田式2行解説』へと結実したのではないでしょうか。

 

 たしかにそのようなことも言っていますが、そっちをフィーチャーしちゃうの?

 そっちを要約しちゃったの?

 という要を外した扇のように、だらしなく広がって、その用にこたえられない様相を呈したものとして拝見致しました。

 さながら社会主義国や社会主義運動家の失敗を見事に踏襲したものとして拝聴痛たたました。

 

道化の失敗:要を取り違えた同系の失敗

 資本主義の後に社会主義を経て共産主義が到来すると言っていたのは、生産力の充実とその後の生産力の飽和を経て、労働者(階級)[プロレタリアート]と資本家(階級)[ブルジョワジー]の対立(階級闘争)を経てやってくるものだと分析し予言していたからではなかったか。

 それを途中経過も生産もなにもかもすっ飛ばして一足飛びに社会主義の実現に着手したものだから当然のごとく、これまでの試みはことごとく失敗したのでした。

 

 社会主義(も共産主義も)と同じ名称で名指されてはいても順番が違うとまったくの別物。

 だから「社会主義ではだれもがみな働かなくなる」が強力な反論として機能できてしまうのです。

 

 而して、社会主義はこれまでその姿を見せたことはなかったのでした。

 これまで社会主義として姿を見せていたものは、社会主義を騙った順番も思想も転倒した紛い物だったのでした。

 

仕様がねぇなあ~。シヨウしかねぇなあ~。

 マルクスさんは裁定者ではありませんでした。

 資本主義より社会主義や共産主義が優れているとは断定したのではなく、この順番で社会秩序・システムが推移していくだろうと分析・予言(めいたもの)をしたのでした。

 

 社会主義や共産主義の前に乗り越えられるものとして資本主義を対置したのですが、その超克方法を示したのではありませんでした。

 これはまた資本主義と共産主義とを架橋する社会主義しかりです。

ナショナリスティック・デモクラシー

 

 どのように資本主義の矛盾を乗り越えるのか?

 そしてまたどのようにして社会主義の矛盾を解決していくのか?

 その解はどこにもないのです。

 

 資本主義は資本主義では乗り越えられず、社会主義は社会主義では解決しないのです。

 

 ではどう折り合いを付ければいいと言うのか?

 どうしてここから進まれようか?

 なにをもって超克するというのか?

 

 それが止揚ではなかったか。

 

 それをそれのうちでなんとかするのではなく、むしろそんな企ては打ち捨てて、それと正面から向き合って解決しようだなんて考えは捨て去って、かといって問題を解消しなければならないから「それじゃあシヨウがない。別の手でいこうか!」ということで止揚する。

 

 結局それを単体でみたとき、個々の問題はなにひとつ解かれてはいないのですが、総体としてみるとその問題は乗り越えられているという按排。

 

 止揚は大なり小なりどこかで飛躍するところがあるので、分析対象、分析されるものとしてはやや不向きな思想・宗教なんですよねぇ〜。

時代が求める新たな経済思想

 

ヨウヤク資本論を籠絡要約してみる

 以上のことを踏まえまして、もしわたしが『「資本論」田岸式2行解説』をするとしたら。を、僭越ながら述べさせていただきます。

 

 「資本論」とは…

 

「資本が都市(中心地・貨幣)と地方(辺境地・労働力商品)を行き来して肥え太ることを分析した書」

 

※本気で要約できているとは微塵もおもっておりませんよ。

 「ブルータス、お前もか」とばかりに「そっちへいくのは、お前もか」と嘆かれるカエサルな方々がたくさんおられるでしょうし、それなら「貨幣が商品化された労働力を介して増殖する資本となる過程を分析した書」とでも要約した方がまだ要領を得ているとおもいますので。

 ですが、まあ所詮「経済」のクの字も知らない凡人のただの戯れ言。

 んっ?ケ・イ・ザ・イのどこにもクなんてないぞとおもわれたでしょう?それはね…ケイザイのケにすら達していないケ未満の、50音順でケの前のクだということです。それだけ経済音痴ですよ~ということを表したものです。

 

マルクス『資本論』のプロレゴメナ!?ヘーゲルさんのプロレゴメナ!?

 

 
そうではなかった…か?

 ということで、なにはともあれ、中田敦彦さんは資本論を要約できたのでは中っ田と言えるのではないでしょうか。

 

 と、「中田」姓を持つ方なら一度は言われたことがあるであろう実にくだらない言葉を残してみました。

 

 ただ…

  • お金持ちと貧乏な人の格差社会をなくそう
  • 資本が都市(中心地・貨幣)と地方(辺境地・労働力商品)を行き来して肥え太ることを分析した書
  • 貨幣が商品化された労働力を介して増殖する資本となる過程を分析した書

 と、三つを並べてみますと、圧倒的に中田さんの"要約"がキャッチーでわかりやすい(耳触りがよい)ことこの上なしっ!

 

 導入ということでは十分にその用を果たしたといえるのかもしれませんね。

 

※ところどころ「用」の使い方がおかしなところがありますが、「要」とかけたかったものですから、その意を汲んで目をつぶってはいただけませんか?