あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

はてなスターを設置しているのならその直下にシェアボタンを置くとはてブされやすくなると思うよという話

 タイトルでもうすべて言い尽くしてしまっているので、特につけ加えることもないのですが、はてなスターを設置している方は、その周辺にシェアボタンを設置すると今までよりすこしはシェアボタンが押されやすくなるのではないかと思いました。

 

シェアまでの距離

 というのは、個人的な見解で定かではありませんが、わたしの場合、ブログを読んではてなスターを押しておこうかなとなったとき、そのすぐ下にシェアボタンがあると「ついでにシェアしちゃう?」と、シェアボタンまでの距離、「シェアボタンを押すほどの内容かどうか」という評価のハードルがほんのちょっとだけ低くなるようで、ついつい追々シェアボタンを押してしまうということがあるからです。

 

 事前に一回ボタンを押すという行為が発動されると、その一回目の動作が予行演習だったかのように次のボタンを押す動作を誘因するのではないかと思うのです。

 一度目にボタンを押したときに他のボタンが視界に入っていると多少は気持ちの障壁を取り払うという効果があるのではないでしょうか?

 

 対してシェアボタンが画面左側に縦に並んでスクロール追尾してくるものあるでしょう?わたしあれ一度も押したことありません。

 視界には入っていて動いてもいるので「シェアボタンあるな」とはじめは認識していますしそこそこ目立っているんですけれどもねぇ。なんでなんでしょう?はてなスターから距離があるから?

 

 そういえば記事上のシェアボタンも押したことないと思う。

 もう一度読むということはあっても「あとで読む」ということはほとんどないし、読まずにシェアボタンを押す習慣がないというのがおおきいです。

 こういうひと多いのではないかなぁ?読まずに押しますか?

 

 また、これは感覚の話ですが、シェアボタンははてなスターの直上よりは直下の方が押されやすいのではないかと思うのです。

 なぜならブログの文章は下に下にスクロールして読まれるのですが、はてなスターを付けた後、この流れに逆らって遡上してシェアボタン押すよりは、この流れに沿って乗って流された方が抵抗が少なく、多少なりとも押しやすくなるのではないかと思うからです。

 わたしが画面左のスクロール追尾のシェアボタンを押したがらないのももしかするとこういうことなのかもしれませんね。

 「下に下に」のリズムがもうすっかりできあがっているというのに最後の最後で大きく左に、「取り舵いっぱぁぁあい!」しますか?

 している方はたくさんおられるようですが、わたしはしません。しませんというよりは、はてなスターをつける頃には視界には入っていても"見えていない"ようなのです。

 乱視で左の方が視力が弱いというのも関係あるの…かな?

 

星を願うなら

 シェアボタンを押されることよりはてなスターをつけてもらうことを優先するのであれば、はてなスター直上にシェアボタンを設置する方がよいのではないかと思います。

 

 というのは、はてなスターとシェアボタンではシェアボタンを押すことの方が閾が高いでしょう?情緒的な抵抗大きいでしょう?

 そこではじめに敷居の高いものを見せておいて、その直後にやや敷居の低いものを提示する。「シェアボタンはちょっとあれだけれどはてなスターならいいかな?」と、意識的にではなくとも無意識にそのような感情をはたらかせることができるのではないかなぁと思うからです。

 それはあたかも住宅の内見のように。ひとに高額商品を買わせたり値切りや頼み事をするときのようにね。

 

星までのディスタンス

 こうして振り返ってみると今まで記事下のシェアボタンしか押したことないかもしれない。と思い至り、それなら「シェアボタンの最適ポジションは記事下」。はてなスター設置しているならはてなスター直下。なのではないかとの結論に至りました。

 

 「確かにそうかもしれない」と説得されてしまわれた方は一度試してみてはいかがでしょうか?

 

 このブログはまあ~シェアされることがなく実測できないので、効果のほどは各自検証してみてくださいな。