あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

人類の現代経済活動を嘲る金塊アート


人の営為を展示するアート

自然アート, アート, 自然, 画像のフレーム, フレーム, 風景, 翻訳元 自然や人間を切り取ったもの、そういったものをコンセプトとしたものを現代アートといって展示・提示するのなら、なにもしないで、自然を借景のように切り取って見せるように、またはそれができるように環境保全活動をするなどしてもいいですし、むしろそうした方がよっぽどコンセプトに沿うのではないかと思います。

 

 それを「エコノミック・アート」「エコロジー・アート」、ボランティア活動を推奨する「ヒューマニティー・アート」でもなんでもいいですが、兎に角それっぽい名前を付して展示・提示したら、それもひとつの立派な現代アートになるのではないかなあと思いました。

 

 自然をあらわすのに最も適した提示方法は"そのまま"、あるいは見方を提示することではないでしょうか?

 ですからアートには、自然にはできないこと、人間によらなければならないもの、人間にしかできないこと、人間に人間を見せること、その方法を提示・展示してほしいと今、一瞬だけ思いました。

 

大金をかけた作品

 金を用いた作品というのはありますが、お金をかけたという意味ではなく、そのまんまおカネを使った作品というのは見たことがありません。

 単に高くつくからできないということなのでしょうが、腐るほどの資産を抱えた酔狂な人か、あるいはそのような人に支援してもらった人がひとりぐらいはいてもよさそうなものなのにねえ。

 

 あっ!でも、ありし日のジンバブエ・ドルのように価値が暴落した通過を使うというのはなしね。

 それで硬貨よりは紙幣の方が成り立ちやその存在が妖しいし、インパクトで言えば圧倒的に1万円札だから、1万円札で彫像つくってみるとかさ。

 それでそれで「お金は財である前に流通道具、ただのモノにすぎない」というメッセージを込めて、これまで疑うこともなく受け入れてしまっているお金に対する意識に揺さぶりをかけるという作品がこの世に1つぐらいあってもいいんじゃない?

 もうあるのかな?過去に試みた人がいたのかな?

 

 さらにそれを、たとえばその作品が1万円札を1,000万枚使った1,000億円かけたものだとして、それをオークションにかけて異常な安値で売却してみたり、反対に異常な高値で取引させてみたり、為替変動にまかせて価値変動が異常な、なにかそのような、そのようにすることでより"意味"や"価値"や"お金"を問うような作品、すくなくとも世界中で話題になって歴史に名を残しそうな事態が起こっていてもよさそうなのになぜないのだろう?と、ふと思いました。

 

 近年では投機対象になり、価値の妖しさが尋常でないアートの世界で、これまた価値の妖しいお金を取り扱っている経済界を皮肉ることは、この上なく妖しい仮想現実を投影するようで、これに関してはアートという方法ほど効果的なものはないように思われます。

 

 こんなことはだれにでもできるというものではございません。特別に選ばれたあなたにしかできない、人類で唯一あなたにしか成し遂げられないこの歴史的な大偉業、みずからを揶揄することにもなりますが、それでも一度やってみませんか?

 一度ならずも二度、三度できそうなら望むだけやってみてはいかがでしょうか?どこぞの大富豪の方。

 

 これだけ持ち上げたら誰かやってくれないかなぁ~?

 

廉価版ショウガク作品案

 さすがにこれは誰にもできないよね~?

 

 と、もう一度お金持ちの方々を煽っておいてぇ…これはあまりにも現実離れしているから、価格もコンセプトの規模もぐんと落として、こんなのはどう?

 

 お賽銭箱のようなものの中にトリモチかハエ取り紙のようなものを入れておいて、その辺に設置して、ある程度お金がたまったら擬賽銭箱の外箱を取り払って、擬賽銭箱の中で形成されたお賽銭の塊をそのまま展示するとかね。

 

 でもこれだとさすがに誰かがもうすでに試みていそうね。

 仮にまだ誰もやっていないとして、なおかつ試してみようかなぁというのなら、もういくつねると~♪のお正月が狙いどき。

 お屠蘇からの日本酒やらビールやらのちゃんぽんの本飲みに移行して、酔ってわけわからなくなってるひとが増えるからね。

 

 もし実際にやるとしたら倫理には触れても法には触れないように細心の注意を払って、事後には年明け早々からバチが当たらないようにお祓いも忘れないようにね。