あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

田舎の葬儀


 親族の通夜・葬儀の都合で田舎からさらに田舎へ。

 二日がかりとなりますので民宿をとってもらい一泊することとなりました。

 

部屋と蚊とわたし

 コンセントは2つ口のものが1つだけ。

 テレビと扇風機をつないでしまうとそれ以上の文明化は望めなくなります。

 もちろん全館エアコン無完備ですから、いかに田舎といえどもさすがに日中はすこし厳しい。そうなるとコンセントの1つは扇風機が専有。

 テレビは民宿によくあるコイン式…のものではなく普通のテレビ。携帯の充電も2・3日ぐらいはもつだろうと電気機器はなにももってこなかったので、空いているもう1つのコンセントはテレビをつなごうかというところですが…。

 

 田舎の蚊は一回り大きくて動きが一回り愚鈍。やられないと高をくくっているのでしょう。でも数が多い!ときどき刺すのがヘタなヤツがいて目があったりします。

 田舎の蚊のもうひとつの特徴は、喰われると大きく膨れてカユミがエグイこと。

 これもひとつの経験値!といったところですが、生涯戦績なんどもなんども喰われ続けてきたせいか、喰われて皮膚がふくれてもそれほどかゆみを感じない体質となりました。喰われたところにたまたま触れて膨れていることに気づいてやっと「あぁ蚊に喰われてらぁ」といったぐあいで、かゆみもたいしてないからそれですぐ喰われたことを忘れてしまいます。

 

田舎の音景色

 ただあの音と見た目はご勘弁願いたいところ。実際に喰われるよりも目につき耳につく方がむず痒い心持となりますから。

 そこで何気にテレビの横にある、なぜここにある?と思われるプラスチックの籠の存在に気づき、のぞき込んでみますとそこにはコンセント差し込み式の蚊取りマット一式が。

 今ネット検索してもその画像が見つからないほど古い機種で、あのとき効果があるのかないのか疑わしかったのですが、それでも気休めていどにはなるだろうと残るコンセントはこの蚊取りマット専用となりました。

 するとこれで扇風機とアースマットの2つですべてのコンセントは埋まり、部屋からは文明の音は無音となりました。

 聞こえるのは外からやってくる鳴りやまない虫の声、降ったり止んだりパラパラと屋根や地面を叩く雨音、時々唸る雷雲、風にあおられてざわめく木々、ごく稀~に通り過ぎるキツイ山間部では頼りなげな軽トラックの「ウィ~~~~ンッ、ガッ、ギュイ~ン」という苦しいエンジン音と不安になる荒っぽいギアチェンジ時の音ぐらいのもの。

 あの時はさびしいと思った音風景もこうして書き出してみると案外とにぎやかだったねぇと気づかされました。

 

めんどくさいボウズ

 通夜はまとまりもなくあわただしく執り行われました。

 だいぶ前からアブナイことはわかっていたから半年前から本格的に終活を始めていたようで、事前に親族に亡くなった後はこうしなさいといったような指示書きを残していたようです。

 

 そこに書かれたいたように、そしてまたこれも本人に事前に頼んでおいたようで、通夜・葬儀は90歳を越えるなじみの坊さんが執り行いました。

 この坊さん90越えているのに杖をつくことなく山も階段も登り、お酒も嗜み、それがまた酒癖わるいようで、挙げ句に若い女に触れようとするちょっとどうなの?という方のようでして、さらに厄介なことに気むずかし屋ときて、親族やら応援のご近所の方々みんなしてあまり飲ませないよう、気分を損ねないよう気をつけて気をもんでいました。

 

 みなが終始粗相のないよう、またお酒はあんまりくれないようひっそり奮闘した甲斐あってか、「その話ほんとう?」と思われるほど和尚さんは気分を害すことなく、千鳥足になって担がれて退場するようなこともなく、平均年齢が高かったこともあってかお手を触れることもなく、お行儀よくしておりました。

 

 通夜は和尚さんの気分で30分繰り上げスタート。

 これまた部屋にエアコンはなく暑さを扇風機で紛らわす。

 ただあまりに古いお家なものですから準備のときからてんやわんや。

 炊飯器のスイッチを押したらブレーカーが落ちてしまうのでやむなく扇風機を切り、これでご飯が炊けるかと思いきや停電の原因は漏電で、何台もまわしていた扇風機のせいではなかったり、通行止めが心配されるほどの豪雨に見舞われたかと思ったらほどなくして止んでみたり、まあ次から次へといろいろ大変でした。

 といってもわたしは年の功を傘にバックはまかせてといわんばかりになにもせずにぼけ~っとさせといていただきました。

 

 残されたメモには通夜・葬儀は町で行うよう指示されていたようですが、パートナーの強い希望で自宅で行われるようになったそうです。おそらく故人はこうなることをわかっていたのでしょうね。

 集まった親族も裏にひっこむたびに「もうここでやることはないね」「わたしやあの人のときは町でやろうね」となんども入念に確認しあっていましたよ。

 

解禁

 通夜・出棺・葬儀と2日のうちに読経のおつとめが3度ありましたが、いずれもぴったし40分。

 この40分を遠慮することはできないので、霊は呼んでも涼を呼ぶには貧弱な扇風機が3台ほどまわる狭い部屋でみな蒸し暑さ耐えました。

 

 この部屋のドアや窓は開け放たれていて、人の往来もあることですから網戸も取り払われておりましたので、やってくるやってくる、蚊を筆頭に蝿やら虻やら蜂やら。

 一度はこれはちいさかったですが式の最中、百足がわたしの手の上に這い上がってきたりもしました。

 

 ほんとうはいけないんでしょうけれども、お坊さんも読経でこちらを見ていないこともあってか、おそらく見ててもそうしたでしょうけれども、みなお構いなしに殺生戒の禁を犯してそこかしこで繰り広げられたバシバシ合掌をかねた圧殺の光景。

 ムカデは手強かったわぁ~。でもまあムカデに喰われなくてよかったぁ。ジンジン痛み引くまでにそこそこかかりますからねぇ。

 

里の夜

 そんなこんなで通夜は1時間ほどでおわり、食事をしたり片付けたりしてその日は解散。民宿に送ってもらいました。

 

 いくら田舎の民宿でもこれは置いてあるだろうと持ってこなかったのですが、男女わかれていない浴場にはシャンプーも、ましてやリンスなんてものはなく、固形石鹸ただ1つのみ。蛇口は3ヵ所、シャワーが1つ、洗い場が計4ヵ所あるのに石鹸は1つ。

 

 シャワーは一向お湯にならず。

 どうして髪を洗ってやろうかと思案した結果、誰もいないことをいいことに、蛇口の下に頭をもっていってさんざゆすいでやりましたよ。ただし無理な体勢がたたり疲弊しました。

 

 何年かぶりに固形石鹸で体を洗い、もう用はないとばかりに湯船には浸からずササッと浴室を後にしました。

 

暗闇との再開

 特にやることもなくテレビをつければ蚊に襲われるので、髪を乾かして程なくして床につきました。

 就寝しようと明かりを消すと部屋は真っ暗。

 雨雲で星月夜は遮られ街灯もまばらにしかないから何十年かぶりの暗闇に邂逅。

 

 「あ〜そうそう。そうだった。ほんとうの真っ暗闇ってこんなだったっけねぇ〜。」

 腕を目の前に伸ばしてもかすかな輪郭すら見えず、みずからの体勢や身体を動かしている感覚しかそこにはありません。

 

 わずかな光すら感得できない全盲の方や意志だけの存在といった幽霊のようなものがあったとしたら、おそらくこんな感覚、こんな世界を生きているのかな?と考えながら眠りにつきました。

 

もう一息の法要

 和尚さんの気分で集合時間が1時間繰り上げられて朝食なしの6時半集合。和尚さんに遅れるとまた気分悪くするから、それよりも前に必ず集合しているようにって…これ合宿か?

 

 そんなに早くに集まって出棺しようにも火葬場の方の都合もあって無駄な時間、謎の余白ができてしまうことが懸念されておりましたが、寸分違わずその懸念通りとなりました。

 なにこの空白?

 誰しもが「坊主めんどくせぇ」のセリフをおなじ盃で飲み干した和気藹々とした一日となりました。

 

取り憑く島

 葬儀の後そのまま納骨までしてしまうということで納骨も済ませ、最後にお寺でもう一経の一興。

 読経がおわり法話らしきものがはじまり、その中でこんなことを言っていました。

 

 「1周間ほど前、急に肩がズ~ンと重くなって(←その場にいた本人以外の者は「歳のせいじゃない?」と思ったのは言うまでもありません)「なんだぁ?」と思っていた翌日、電話がかかってきて亡くなったから葬儀を頼むという話をいただきました。それでそれを了承するとスーッと身体が軽くなりました。安心されたのでしょう。あれはきっと故人の頼むよ〜ということだったのだと思います。」

 

 故人は入院する前日まで元気だったようですが、翌日急に身を崩し、病院に入ってそのまま入院。

 ひどい痛みでもがき暴れだし手がつけられなかったようです。

 意識が朦朧としてきても痛みで苦しそうだったためにモルヒネを投与してなんとか落ち着いた頃には言葉を発せないほどに意識も息も絶え絶え、山場を迎えました。

 この翌日の朝、ゆっくり、ゆ〜っくりと冷たく消息してゆきましたとさ。おしまい。

 

 このあと和尚さんのとこに立ち寄って、和尚さんの肩にズ~ンをしてきたのかもしれませんね。

 

人の噂も七十五日。霊のお供も四十九日。

 また「四十九日までは仏さんはこの世にとどまっております。そしてみなさんを見守っておられます。」とおっしゃっていました。

 

 それはいいのですけれども、和尚さんの肩がスーッと軽くなったと言われたちょうどその頃、ちょうどその頃からわたしの左肩が急にモヤ〜っとしだした時期と重なるのです。

 和尚さんの話を聞いたからそう思ったのではなく、この話を聞く前から「肩のあたり、特にやっぱり左、なんか調子悪いなぁ。なにか小ぶりの漬物石でも降ってきてうまい具合にのっかったように地味な重みを感じる。肩こり?にしては急に来たなぁ」となっていたのです。

左のちきしょう

 

おんねや

 そればかりか葬儀が終わって家に帰って来てからというもの、夜寝ていると左腕だけが勝手に踊り出す始末。

 なにか連れて来ちゃった?

 生前なにか言付かってたことあったかなぁ?

 それとも「次はお前だぁ」って迎えに来たの?

 これ四十九日まで、後1月ほど続くのかな?

 

 これがだんだんエスカレートしてきて今日の明け方なんて、寝てたら両腕フワーっとやさしく浮上して、ばんざ~いの姿勢になってもまだ上がっていき、勢いをつけたわけでも、腹筋なんてなんも使てないのに上体までスムーズにスーッと起き上げられて、そのまま腰も浮きそう。となったそのとき「こんな格好で?」という考えがよぎって一瞬ためらいの念が湧き上がったかと思ったら、途端にまたスーッと身体を引き揚げるやさしい力が消えていき、ストンっと、まるで抱え上げられてやさしく地面に座らされた赤ん坊のように腰が据わり、その次に両腕も徐々に徐々に、でもスムーズになんの抵抗も感じずスーッと下がっていきました。というおもしろ現象に見舞われました。

 

 今にして思えば惜しいことをしました。

 あのまま苦しむことなく連れて逝ってもらえたのかもしれないのに。

 少なくとも幽体離脱は体験できたかもしれなかったのに。

 

 でもまだ1月ほど続きそうですし、だんだん大胆になってきましたのでそれを待望することにします。

 

 今日はなにが起こるかな?

 というところで寝てみます。

 ではごきげんよう。

 さようなら。