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あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

精神の攻防戦。お前は「調和」を求めているのか「崩壊」を求めたのか。

物語 物語-日記

「おまえはだれだ」と問い詰める実験

 鏡に向かって「おまえはだれだ」と問いつづけるとゲシュタルト崩壊、自我が崩壊をきたすのだそうです。

 絶対にやってはいけないと注意喚起されてはいましたが…やってみました。

 

 はじめは薄暗いところでやってみましたがイマイチだったので、今度は豆電球下で。

 それもイマイチだったので、ちゃんと自分の姿が見えたほうがいいのだと思い、日中にもやってみました。

 

 最もクラッときたのが薄暗い中ほんのすこしゆれながらやってみたときです。

 鏡の中の自分の動きがやや遅れているように錯覚して「おまえはだれだ」感が高まりました。(眠狂四郎の円月殺法ってこんな感じ?的な感覚)

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 でもその感覚は2秒ほど。

 ずーっとはつづかず、断続的にそのような2秒が訪れる感じ。

 

 たしかにあの2秒がつづくとしたら危険かもしれないなと思いました。

 

 このように、イマイチとは言いながらも、イマイチとは言えないこともありましたよ。

 

効果には個人差があります

 1回につき100回以上問い詰めたのですけれどもねぇ…崩壊までには個人差があるようです。

 

 回数以上に集中力や真剣味が足りなかったのかなぁ?

 実験中は「おまえはだれだ」以外は唱えず、極力他のことは考えないようにしたつもりですが、そもそも注意力散漫なものですからダメだったのでしょうねぇ。

 

 それにもうすこしよく調べてみますと、きっちり崩壊にもっていくには1日数回を3ヶ月ほどつづけるという長期に渡る実験のようです。

 だから3・4日の短期では効果があらわれなかったのね。

 

 あるいはもうすでに崩壊しちゃっているからこれ以上崩壊のしようがないということなのかな?

 「そんなことをするひとや、それをしようとしている時点ですでに崩壊してる」という至極もっともな意見もあったものですから、その可能性もなきにしもあらず。心当たりがなくはない。

 

 幻覚や幻聴(耳鳴りはしますけど)はありませんので、統合失調症の陰性症状でてるのでしょうかね?今見えているものがすでに幻覚かもしれませんし、幻覚しか見ていないのかも知れませんから。

 いずれにしても病識欠如しているようなのでわからないのですけれどもね。

 

かわり(形代)にやってみましょうか?

 ということで実験終了。

 1日5回でも姿見の前に立つたびに長期にわたってそれをしつづけようという根気がなくめんどうくさいから。…と言いつつ10日ほどはつづけたんですけれど、やっぱりあの2秒を超える感覚はやってこず、あの2秒でさえもう今はやってはきてくれません。

 

 強く止めることはしません。

 というより見ず知らずの赤の他人ですし、会うこともないでしょうから止めようがないんですけれども、さりとておすすめもしません。

 とくに感受性の強い方や集中力が高く、没頭しやすい方は安易にお試しにはならないほうがいいです。ほんとに。これはつよくいえる。

 

 自分で試すのはためらいがあるけれど気になっているというような自我崩壊方法がありましたら、「それ、わたし考えてみましょうか?」ではありませんが、それ、わたし試してみましょうか?

 ただし小心者のSなものですから、痛くも苦しくもなく、また短期で効果が出るといわれているもの限定でね。

 それで、めでたく(?)自我崩壊せずにすみましたら、つたない文章でご参考にはならないかもしれませんが、こんな感じでご報告いたしましょうか?

 

それで、どうなるの?

 ところで、思想と病気、宗教と麻薬の境界線はどこにあるのでしょうね?

 

 たとえば仮に「あなたは双極性障害です。その病状ゆえに未来に絶望し、生きることにも、なにに対しても意味があるとは思えないのです。これからゆっくり治療していきましょうね。まずはお薬を出しておきますので、毎日忘れず飲んでくださいね。それじゃあまた来週お越しください。お話を聞かせてくださいね。それではお大事に。」と診断を下されたとして、そのひとがもともと「意味には意味がない」という思想の持ち主だとしたら、その診断はどうなのでしょう?

浮き沈みの激しい足利尊氏に糖尿病と双極性障害の疑い?〈dot.〉

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 「意味には意味がない」と思うようになったときにはすでに病識なく発症していたということなのでしょうか?

 そうではなかったとしたら、その診断は一種の思想矯正・強請、再教育、マインド・コントロールとどこが違うのでしょう?

 

まだまだ埒外、対象外。だって…

 先週1週間ほどきつく落ち窪んでいたのですが、こんな風に考えてしまうところや、仮に「あなたは鬱です」と診察されたとして、それでどうなるというのでしょう?という疑問がまったく微塵も払拭されないものですから、「心療内科にかかってみよう」という発想には一寸もならないのです。

 おなじようにおもわれていて、敷居が高いということではないですが、なにかそんなようなものも感じて医師を頼るということをしない方は多いのではないかと思いました。

 

 ここのところの抵抗や疑問を払拭しなければ、まだまだ病院に足や意識を向けようとするひとが増えず、不幸はつづいてしまうのではないかと感じた1週間でもありました。

 

「お前はあまりにミニクイ」

 このような次第で、折に触れて申し上げてきましたが、この鏡ギライ、自分ギライの者が、おそらく生涯、初、これほど鏡に対面して凝視し、自分の姿を見たのです。その感想は"無"あるいは「お前はあまりに(見た目も行動も思考もなにもかもが)醜い・見難い」といったようなものでした。

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 やはり鏡は苦手です。おなじくらい自分が苦手です。その再確認・再認識と、そのような意識の強化週間・収監・習慣になってしまいました。

 

 先日の朝、沈みこみの底にいたのに、その反動か、その数時間後、急に「これが…躁?」と、おもわれるほどわけのわからない高揚感に襲われたのですが、またゆるやかな下降気流に乗ってしまったみたい。

 

 そういったわけで、今回の記事、暗い。めんどくさい。めんど暗い締めとなってしまいました。ごめんなさい。

 

 みなさまにはよき一日を。

 じゃあね。(←最終回ではありませんよ。たぶん…)