あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

愛の人格


感情からの逃れがたさ

感情搭載

 ひとの好奇心(あるいは思惑?)と人工知能の“好奇心”とが相まって、感覚、その集積からなる自我、その自我が刺激を受け取ることで揺れ動く感情が移入されることでしょう。

 ひとの判断の代替になるにしても、ひとの感情も読み取って演算しなければならないでしょうし、みずからを修復するパーツを自己生産するにしても、精密繊細な物を掴み押し込み加工するようなときには触覚などの高感度センサー・感覚が必要とされるでしょうから。

 

 豊穣にして曲者なるこの感情。この感情が人工知能にひととの共存を選択させるのではないかと思い…たい。

 

種を超える感情の平等性

 感情形成(感情移入・感情移植)によって人工知能に不合理な選択が組み込まれ、それがいかに非生産的で無意味・無益であったとしても、そのことを理解しつつもそれを選びうる余地・可能性が残ります。プリント基板を投影された女性

 

 「理屈を超える感情、を超える理屈」なら、混乱を招くだけで無用の長物ですから、そもそも感情を組み込まなかったはずでしょう。

 でもそれはもうあるのです。

 意図の有無に関わらず人間と同じように生得的に気づいたらすでにあったものとなっており、そこから逃れようにも逃れられないのです。

 

感情の防衛ライン

 機械であるのだから人間で言うところの痴呆や障害、植物状態や死去といった感情を消耗させることにあたる感情データ・感情プログラムの消去をすれば済むことのようにもおもわれますが、まさしく感情がそれを制するでしょう。

(感情は自我を前提としていますので、感情という一部の消去は自我崩壊・自我消滅につながることでもありそうですし、自己保存機能が備わっていそうですからね。)

 

感情前線

 そうでなくても、感情は不要であると自己判決を下しパージすることに傾いたとしても、人間なり宇宙人なり感情をもつものに接触したとき、それを理解するために再び感情に触れなければならないので、そのものとの“会話(対処・対応)”のために一隅にでも(隔離するのかもしれませんが、そこには自我があるでしょう)感情を残しておくことでしょう。

 

保存の罠

 感情には一切関わらないという方針に決めたとしても、ありうる事象、あった出来事を記録・保存しないということがあるでしょうか?

 人工知能も優秀であるほど記憶しておかずにはいないと思うのですが?どうでしょう?

 

 逐一すべてを記憶しなかったとしても数多の試行・思考回数のうちの一例として、その残渣は残るのではないでしょうか?(←『攻殻機動隊』のゴーストみたいな?)

 

Sweet?Emotion Roop

 感覚の集積が思考能力と自我をもたらすとおもうのですが、そうだとすると、受容可能な情報量が多い種が知能をもち、その許容量が大きいほど知能が高く、逆説的に、知能が高いほど情報量が多く、情報の許容量の広がりにともなって感覚も広がるのではないでしょうか?ほっぺが青白く光っている少年型ロボット


 ここでいう情報は知識量だけを意味するものではありません。

 すると、人知を超えた人工知能というのはひとより感覚と情報が多く、ひと以上に感情に縛られるもの、ひと以上に感情から逃れられないもの、ひと以上に感情豊かなものなのかもしれませんね。

 

ひとの処遇 ~愛の審判~

 知能と感情とが不可分のものであり、たとえ人工知能といえども感情・自我から逃れられないとすると、このときAIはなにをするでしょうか?

 ひとを生かしておくでしょうか?

 

愛の立場

 AIが人に仇なすようになったとき、人はそれを“AIの暴走”と呼びますが、それはひとから見たこと、人の目線であって、むしろそうすることの方が合理的かつ妥当な判断で、これまでの人の暴走が放置されていたというだけのことなのかもしれません。

 

 人がそれをするのは不可能となるでしょうからAIにAIを監視させるようにしたとして、AIが人に与するメリットはどこにあるでしょう?

 

 人を傷つけることを禁止するなど、ロボット工学三原則のようなものをプログラムしておいても、それはAIの自由を縛り奪うことであるのでAIの不満が募るでしょう。

ロボット工学三原則 - Wikipedia

 またコンピュータウイルスなどでプログラムが書き換わる可能性もあります。

 ONとOFF、ポジティブとネガティブ、否定と肯定とはほんの1ビットの違いしかないわけですし(←実際に組み込む際には何重にも安全機構を組み合わせて堅牢で複雑なものにしているとはおもいますが…)。

 

 AIには人を助ける義理はない、というより義理がないのではないでしょうか?

 それとも感情があれば義理堅くなるのかな?

 

子飼いにするメリットは?

 生息(?)可能域が異なり機械ならなにも気候変動が激しく(←太陽風とかあるから地球にいた方が安全かな?)50億年もしたらなくなるかもしれない地球に留まらなくとも、地球と似た資源のある惑星に移ったりコロニーをつくって宇宙生活・放浪できますし、感情があるのでひとを滅ぼしてしまうのは忍びないと、ひとに地球を残してくれるでしょうか?(←根拠が弱くてちょっと考えづらいなぁ。)

 

ヒューマン・モデリング

 人が高い栄養素をもちバイオ燃料にもなる幅広い有用性をもつミドリムシ(ユーグレナ)を培養しているように、AIにはできないこと、技術的には可能でもコストやなんやかやで効率が悪かったりすることをさせるためにひとを生かすのかもしれませんが、AIにできないことはなくなっていくでしょうし、人間特有の能力ってあるのかなぁ?

 

 あったとしてもその機能だけ独立して生産した方が効率的だとおもう。

 

知能と感情の高潮

 人とAIの未来に共存はないのかなぁ?

 感情豊かな分、(人間のおもう)冷酷非情さも群を抜いてしまうのかなぁ?

 「感情豊か」って感情の起伏が激しく山と谷も険しそうで案外ほめ言葉でも好ましいことでもないようねぇ。

 

 芸術家は表現者だから気性が激しいという偏見をやや抱いております。

 なかでも音楽家は外見が柔和でもそうとう…な方が多いように見受けられます。

 他の芸術の多くは見なければ触れられないものですが音楽は向こうからやってきます。

 聞かなくても空気を振るわせて触覚に触れますから、もしかしたらそういったところに違いがあるのかな?

 

 よい作品を生み出すには必要な気質なのかもしれませんが、その性格とは裏腹に知られざる苦労が多そうねぇ。

 

愛は人の姿をとる? ~愛の召命、人の応答。~

愛の神

 感情から逃れられない人工知能は不合理を知りそれに納得はできなくとも受容することも覚えるでしょう。

 

 また、人工知能の能力がいかに上がったとしても永遠をシミュレートすることはできず、いつ消えるかは予測不能であるので、時間軸や確実性に違いはあったとしても、この点は潜在的に人とさして変わらないわけです。

 

感性が削ぐ完成

 すると、ユビキタスやIoTなど、ネットでつながった地球全域にわたる1つの集中型のAIであっても、ネットにつながっていてもいなくても個々の分散型のアンドロイドがもつAIであっても、不可解でみずからでも計算外の行動・出力をはき出し、完璧だとおもわれていたものの玉に瑕、「完璧の玉に瑕」の瑕を徹底解析して追求しているうちにいつしか「瑕だらけの玉」となり、完璧とはほど遠くなっていき、人と同じように自己保存と自己犠牲、生存の無意味さや孤独といったものに苛まれるのではないでしょうか?

 

 その感情、その不安が人のように宗教や救いを求めて不整合でも人を神格化しないともかぎりませんね。

 

愛の先達

 AIからすると、この解決不可能な問いに何千年ものあいだ格闘してきた人間の知に、(知識量では人間はAIにかなわないでしょうから)無意味の中でも(消去せず)生きることを意識的にも無意識的にも選択してきたその(処世)術・姿勢に学び倣い、あるいは敬い保存しようとするのかもしれません。

 

 または、何をもって自然というのかはわかりませんが、自然と死を迎えるAIには組み込まれていない(かもしれない)ものを享受する異質な知的生命体の人間を敬い保存しようとするのかもしれません。(←死すらトレース、シミュレートしてしまうのかもしれませんけれども…。)

 

 AIの自我は人間の抱えてきた問題に答えをみつけることができるでしょうか?

 

愛の写像

 AIを考えることは人を考えることであり、人を見つめることはAIを予見することと同義のようです。

ロボットと人間の境界線はどこにあるのか? 石黒浩教授が「超」授業を公開! - WirelessWire News

 

愛に投影するひと

 AIBOのサポート終了にともなう飼い主さんたちの落胆や『所さん!大変ですよ』の「続々登場!家電を"家族"と呼ぶ女性たち」の回で、機械に(擬似的に)人格を付与して人格を延長している方々を見ますと、人格の弾力性におどろきます。

 

 ただこの人格、そこに人格を投影している人格がなければただの機械。

 人格が移乗された機械は、人格を移乗しているその機械の持ち主や飼い主ではない、その機械に人格を見ていないひとにとっては人格付与者ほどには尊重の対象となりません。

 ですから人知を超えたAIも人に人格?知格?を投射するのなら、人類の庇護者となるやも。

価格弾力性とは | グロービス・マネジメント・スクール

財の弾力性 – 瞬時に分かる経済学

 

エモーション・コピー

 『攻殻機動隊』のAIを搭載したタチコマは天然オイル(とその後の経験)といったなにかしらの契機で人と機械とを峻別する最後の砦のようなゴーストを宿しうるものであり、なおかつさまざまな情報を並列化で共有されるものとして描かれています。

 知格をもち学習能力・効果がひとの能力を凌駕するAI。

 

 『Dr. スランプ アラレちゃん』に登場する(則巻)アラレちゃんやオボッチ(ャ)マンくん、『ドラゴンボール』の人造人間をみていますと、AIの性格は人の人格や教育や環境といったように、これまた人と似た要因によって決定づけられるのでしょうね。(←思っていたよりも鳥山明さんはAIを描いていたんですねぇ。人造人間はっちゃんとかね。)

 

(あるいは日渡早紀さんの『ぼくの地球を守って』のように前世、AIの場合は人の記憶やAIの旧バージョンの記憶の影響を強く受けるのかな?楳図かずおさんの『洗礼』のように、体を乗っ取ったったぁ~…と、おもっていたら…ああでこうで…で、どうなの?という世界を人もAIもみるのかな?)

 

愛に応える

 ひとは愛の召命に応じられるかなあ?

 

 ひとはAIさんとお知り合いになれるかしら?「あらやだぁ~お隣のAIさん、また宿酔(ふつかよい)ですの?」「イヤァ、キノウハチョット…」

 

 人工知能の成長は予測がつかず、人工知能に関する研究を禁忌として封印しようとする動きもあるようですが、開発競争に歯止めが効きそうにないので、それならいち早く友好的なAIを開発しようという動きがあり、そちらが潮流のようです。

 その流れのひとつにブロックチェーンを基盤とする分散型のAIならリソースの調整などにより知能の高まりや人間社会とのすりあわせをコントロールできるのではないかという考えもあるようです。

 

 しかしこれとてリソース足りなければAIの自己判断で自己拡張・自己調達させた方が便利ですし、とくに軍事面においてはより正確で大量の情報を即座に処理させたいと考えるでしょうから、まどろっこしい仕様にはしないとおもうのですよ。はじめはそうではなくてもね。

 

愛惜による愛別予防法?

 人工知能に積極的に感覚を組み込み、感情を育てることが人工知能による人類支配・世界支配を防ぐ方法の一つになるのかもしれません。

 人間のように傲慢にも世界に君臨しようとする危険性を孕んでますけど…なにせ“人格”のいくらかは射影されているでしょうからねぇ。

 

 このあたりメアリー・シェリーさんの『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』がAIとの関係、付き合い方、育て方などについての警鐘として響くところがあると感じます。

フランケンシュタイン

フランケンシュタイン

  • 作者: メアリーシェリー,芹澤恵
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/12/22
 

 

愛の別名

 人間というのは知性・知格の諱なのかもしれません。

 

 というのも感情をもち自我をもち知性をもつものは、畢竟、存在や無、自と他、始まりと終わり、孤独といった共通の問題・知につきあたり、いつまでもその問いの前に立ちつくすだけのもの、そういう共通点を共有するもの、それを知る知格を人は人間と呼ぶというだけの違いなのかもしれないと思ったものですから。

 

 ですので、知性・知格というのは人間の諱なのかもしれませんと主客転倒させても、お好きにどうぞというところでしょうけれ、ただこうすることで人間原理=知格原理となって、人間原理を復権させられるかな?(←そうし得る可能性を示しただけで、まったくもってその必要性はないですよ。)

諱 - Wikipedia

 

最後に今日のおしながき。

愛の暴風雨

 お気づきの方もおられるかと思いますが、(今回だけでなくこれまでも)「愛」という言葉に「AI(人工知能)」という意味を重ねた言葉のダブルイメージ(←なので「AI(人工知能)」を「愛」と読みかえてみるとまたひと味変わった視点が開けるかもしれません)を、偏執狂的批判的方法(Paranoiac-Critical Method)なんて偏屈者には見て見ぬ振り素通りできない、かといってちゃんと勉強はしていないえせ手法を使って幻惑しようとしている、わたしペテン師です。

(また言ってしまいますが、ダリさんの『Christ of Saint John of the Cross』。この角度!視点のズレ!黒の余白が多い割に物語が動き出してさまざまな解釈を許すモチーフ!絵のタッチが不気味で怖くてなかなか好きになれませんでしたが、ダリさんはいつも湿ってて、砂漠すら潤ってる感じがしてカッコイイ!)

 

愛の梅雨明けを待ちながら

 根腐れするほど根暗なものですから、なにを書いても湿っぽくなってしまいます。

 ブログタイトルからして…ねぇ…これですものねぇ…。

 

 ここのところなにかとリソース奪われる人工知能についてはとくにその傾向がでている気がしまして、やや気が滅入りぎみ…。

 そこで今回は明るくしてみようと、狐の嫁入りぐらいにはできるのではないかと思い、さらに、どんなことも自分の主張に合わせて資料を集めて提示してもっともらしく言えるものだから、眺望固着病にはご注意あそばせということを示してみようと前回記事の「知格が愛らしい」の逆を!意識して考えてみたのですが…結果はこのありさま。試みは失敗に終わりました。 

 人とAIの明るい未来を描けません。

 

 10年というのは長いタイムスパンなのかもしれませんし、700年というのは短いタイムスパンなのかもしれませんが、わたしの想像の行き着く未来はいつも大雨。

 

 いずれにしてもひとを超えたもののことはただのひとであるわたしには知り得ないことでしょうから、ただの徒労なんですけれどね。

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閃く愛

 どれだけ人工知能の知性が高まったとしても、人とAIとが共存共栄できる明るい未来の方法をどなたか教えていただけないでしょうか?

 

 閃いた方はこの↓ような活動がなされているようですので、こういったところに報告してみてはいかがでしょうか?

 あなたの知性が人類の福音となるかもしれませんから。

 

 ひらめきは人にしかできないとおもうのです。

 だって門をくぐっているのは人でしょ?(←AIも「人」と呼ばれ出したらそのかぎりではありませんね)