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あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

Where! Japanese(People)!


薄切りジェニファー

 日本各地津々浦々に難読地名があります。

 とくに北海道はアイヌ、沖縄は琉球、関西は渡来系の地名が多く残ります。

 

行方不明日本

 嘘か誠か…収益を上げている国内企業を順に並べると、いわゆる在日と言われる方々の企業で占められているとか(在日特権の恩恵によるものだとおっしゃる方もおられるようですが、どうなのでしょう?)、芸能界や政界では創価学会が一定の影響力を保持しているだとか(内村さんと久本さんが同じ画面に映っているとにわかに騒然となりましたが、そんな過去のいきさつがあったのかなぁ?)、いつまでたっても日本はアメリカの言いなりの後追いのポチ公なところであったり、サンフランシスコ平和条約の調印内容をみると日本はまだアメリカから独立していない属州あるいは準州のようなものだとか(大統領選や上下院議員選挙などで投票できないですけれど、選挙権のない被植民国ってこと?)、このような諸説紛々並べてみますと、日本はいったいどこにあるのか?日本とはなんなのか?日本人とはだれのことか?日本人なき日本が日本なのか?あの方たちは「お国のため」と言っていったい何のために戦ってきたのか?

両手で白い紙を持ち目の下まであげている

 

 日本はどこにありますか?

 日本人はどこにいますか?

 日本はありますか?

 日本人はいますか?

 (↑日本語学校の初等学級の板書にありそうな文ですね。)

 

異国のチ

 日本に限らず世界各国長い歴史の中で混血がすすみました。

 

 現在日本では少子化と超高齢化、人口減少がすすみ、不足する労働力を補おうとさらに積極的に移民を受け入れていこうという流れが形成されつつあります。

 

 良し悪しは別として、移民の方々が特定の地域に集まってコミュニティを形成し、他国において一定の地歩を固めます。

 さらに定住・永住する一世のもと二世・三世が生まれ、一世においての他国は二世・三世にとっての母国となり、国籍も選挙権も持ち、ますます影響力を増していきます。

 二世・三世は一世の影響を受けないということはないでしょうから、その地域は異国風の風薫るところとなり、そこを中心として異国情緒が広がっていくでしょう。

 自国民の人口減少に対して移民の増加ではなおのこと。

 

 だからといってなにもしないでは税収が…労働力が…福祉が…国際競争力が…。

 入管やら就労ビザやら政策やらでうまいこと調整したにしても、ほんの「六次の隔たり」しかないスモールワールド(仮説)では抗ったところでこの運動は止まないただ時間の問題にすぎないことなのではないかとおもいます。

スモール・ワールド現象 - Wikipedia

 

均質に向かう

 誤解がないようにもう一度言いますが、それが良いだの悪いだの言っているわけではありません。文字(漢字)も思想(仏教やキリスト教)も大陸から持ちこまれたものです(後に禁教や廃仏毀釈ということがおきましたけれども…)。

 便利なもの、理に適ったライフスタイルを知ればほっておいても取り入れられて均質化にも似た現象をみせるでしょう(世界を見回してみますと民族衣装より洋服を着るのがmode・fashionな国が多いでしょぉ?)。

 

 グローバル化の進展でボーダーレス化していきインターネットの普及で情報の拡散と均質化がおき、これからシンギュラリティを迎え種々の問題に的確な判断を下す人工知能に決断をまかせるようになったら、そのときまだ“国”という観念は残っているでしょうか?

 “国”は名詞ということ以上のなにを把持できているでしょうか?

 

 アナーキー(無政府主義者)ではありませんが、どうもこのような流れが時代の趨勢、それもだれにも止められない潮流なのではないか?と、個人の思想や立場、理想を超えてひしひしと感じておられる方は少なくないのではないかと思うのですが…いかがでしょうか?

日本人の苗字と先祖の出身国 | ことら総合研究所

 

トランプ・ルイユ

トロンプ・ルイユ - Wikipedia差し出した薬指に指輪をした右手の袖からハートのエースのトランプが顔を出している

 

 今回のアメリカ大統領選挙候補者の中にはこれまでにはいない異色の社会主義的な政策を全面に打ち出している候補者があり、なおかつそのサンダースさん支持者が予想外に多いという異例な状態です。

 

 さらに異例なのは言わずもがな、過激な発言が多く泡沫候補と目されていたトランプさん支持者も多く、その人気がなかなか低下しないこと。

 

行方知らず矛先

 いずれの支持層も貧困層があつく、支持者の声のなかには「移民が安い賃金で仕事を請け負うのでアメリカ国民の仕事を奪っている」というものがあり、そこから発展して「移民は出てけ」や「アメリカ市民になれ」「英語を話せ」となっています。

 あまりに熱くなりすぎて、愛国心を装った生活基盤の奪取の主張になっている感があります。

 

 「移民を国内から追い出せ!仕事をよこせ!」…ん~。

 

 貧困層の「仕事をよこせ!」は「働きたいんだぁ~!」ではなく「生活したいんだぁ~!生きたいんだぁ~!!」でしょ?

 「生きる=働く」しかないからそう言うしかない。

 一昔前の生産力が乏しいときなら疑問にも思わず反対する人もすくなかったでしょうけれども、生産力が向上して物も市場も情報も欲も至るところが飽和状態な現状での「仕事をよこせ!」は、お「国のため」が一分も交じっていないただただ「家族のため」「生活のため」のやむにやまれぬ親族魂、しかたなしの純粋な個人主義の温床にしかならないのではないでしょうか?

 

絶え間なく休みなく

 機械化の進展による仕事の喪失を危惧した労働者によるラッダイト運動。

 「機械」が「移民」にかわっているだけで心境や行動原理は同じ(歴史的には移民問題の方が古くからあるので、ラッダイト運動が移民による国内労働需要の圧迫をなぞったようなものだと言う方が正確なのでしょう)。

 

 職が失われる。生活が奪われる。文化が蹂躙される。生存が脅かされる。…種々の排斥運動・抵抗運動はこのような危機感から起こりますが、ときどき相手がお金持ちだから、貧しいから、賢いから、愚かだから、勤勉だから、怠け者だから…と、的を違えているのではないかとおもわれる運動があります。

 生産性を上げ労働からの解放をすすめるであろう機械化に反対し、機械の破壊運動に向かったラッダイト運動。

 責め所は機械化ではなくて機械化されても生活が脅かされないような人の世のしくみに向かうのが筋でしょうに、200年たってもかわらないねぇ。

 

 これだから変化はいつも突然にやってくる…ようにひとの目には映るのでしょうね。

あの日あの時

あの日あの時

  • アーティスト: 小田和正
  • 出版社/メーカー: アリオラジャパン
  • 発売日: 2016/04/20
  • メディア: CD
 

 

 社会主義的な政策支持者の増加は、アナーキーとは対極に“国”を強く意識させ、国の団結を強めるものだと思われますがぁ…どっこい内実は望まない仕方なしの結果的には個人主義になっちゃってるぅという稀釈された“国”あるいは変質した“国”意識を抱く市民の増加を示しているのではないかと思います。

 

変えても変わらない宿命か?

 不景気は闘争・戦争と均質化、愛国心と平準化といった対極のベクトルを両端に極端に、しかも同時に推し進めて先鋭化させるので混迷を招くのではないかとおもいます。

 それでも、たとえバタフライエフェクトのようなものがはたらくにしても、大局的にみれば行き着くところは変わらない・変えられないのではないかとおもいます。

 一部のタイムトラベルもので、なんど過去に干渉し現在を変えても未来は期待したほどには変わらないものとして描かれるように。

 

 D'où venons-pays? Que sommes-pays? Où allons-pays?

 国々はどこから来たのか? 国々とは何か? 国々はどこへ行くのか?

 

ポール・ゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

 D'où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?

 我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?