あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

価格の下限規制が必要なのではないでしょうか?


次代の保有者のために

やったらやりかえされるゲーム

囚人のジレンマ - Wikipedia

 利益を上げるために人件費を圧縮し、大量仕入れ大量生産で単価を下げ、他店よりも1円でも安くして自社製品が売れるようにコストを極限まで下げ、大安売り、価格破壊と銘打った、安さが至上命題の分配機能不全に陥っている社会。

 

底辺に向かって

 牛丼チェーン店やハンバーガーチェーン店などに代表されるように、タックスヘイブンに群がる企業誘致のために税率を下げた底辺への競争ではなく、各企業が販売のために競って価格を下げる底辺への競争。

 競争激化でぎりぎりデッドラインを踏み越えて、管理が杜撰になり製品品質も低下し、社員を酷使して労働意欲や社会倫理までをも破壊してきた結果ともとれる企業不祥事の数々。

 産業破壊にまで及んでいませんか?

 

切り崩しても間に合わず前借り

 近年の日本商品の劣化には目を見張るものがあります

 低品質な日本製工業製品と認識されていたころに逆戻りですか?

 世界的にみればまだまだ良い方でしょうけれども、だからと言ってそれで納得せず妥協せず、目前の利益ではなく後の飛躍を目指して、直近のコストを犠牲にしてやってきたから日本ブランドを確立できたのではなかったのでしたっけ?

 先達の遺産を切り崩し、将来世代の信用まで前借りしちゃって、あの細やかさはどこにいったの?

 

焼き印の押し付け

 ブランドという言葉は区別することを目的とした焼き印から発し、後に品質を保証するような意味を獲得していきました。

 「あのブランドは高いんだよなぁ〜。でもモノがいいからそれだけの価値があるのはわかるんだけど、でも高いんだよなぁ〜。」という言葉を聞きますが、近年のブランドのなかには品質の高さを保証するというような意味合いを一切含まず、ただただ名称・イメージ・記号にのみ依ったものや、むしろ高額設定とすることで(それを企業戦略の名の下に)ブランドを装っているようなものなど、商品に不信感のおまけ・販促物を、それも「それはいらない」と言ったとしても頑なに押し付けて、競争社会を旗印にひとの道徳観を破壊しにかかっているものがあるように感じられます。

ブランド - Wikipedia

 

価格とトレードオフされた不便

 悪口なので企業名等は言いませんが、今つかっているプリンター!用紙セットするとき奥ぅ~になんか変なつっかかりがあってうまく給紙しないし、手差しで吸わせたら紙詰まるし、詰まったら詰まったでとれやしないし、そもそもなぜ紙受けそんなに短い?パラパラと紙が舞い散り美しいわぁ。ってなるかぁ!

 「躯体はコンパクトですぅ。」って、実用に耐える収容面積はワイドだわ!コンパクト設計という名の妥協の産物。

 

 それよりも腹立たしいのが外付けのBlue-rayドライブ。

 同じメーカーの同じものを買いましたが2つとも1年ほどで読み取れなくなりました。

 DVD読めても仕方ないの。

 付属のUSBコードみじかっ!誰がどう見ても寸足らずなの明らかですから!自分たちで使ってないでしょこれ?一度でも製品モニターした?どう?使いやすいですかぁ〜?

 

 コストから考えた設計思想。新作をつくり続けなければならない仕組みだから「ゴミをつくるんじゃぁない!」と、誰もつよく言えない社会。

 

 差別化やプレミアム化をすすめても、いづれ価格競争へと土俵が移っていくでしょ。

 土俵にあがってもあがらなくても痛手を被ってしまう、囚人でなくても囚人になってしまうジレンマ。

ゼミナール ゲーム理論入門

ゼミナール ゲーム理論入門

  • 作者: 渡辺隆裕
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2008/04/08
 

 

システムの召命(ベルーフ)

 利益を出さないビジネス戦略をとっている企業もありますので、企業レベルではなく国や世界規模での話ですが、利益が出るからコピーや粗悪品が横行し、またそれを買ってしまいます。

 

フロンティアに至る

 資源は無限あるいは膨大にあると思われていたのがフロンティア(思考)。

 利益を強要する資本主義が膨張できたのはフロンティア(国境・辺境・最先端・新分野の無際限性)があったからです。

 地球の大きさや限界が見晴るかされてフロンティア(ここでいうフロンティアは限界のこと)は狭まっていき、ついに地球のフロンティアに至りました。

 

 フロンティアを喪失するとシステムの転換を図るのではなく、利益を生む差異を創出するために、もうすでに余剰を失っているところまで開拓して、ときにフロンティアを偽装・詐称して、なんとか他者の犠牲、みずからのフロンティアを贖うことなく賄ってきました。

 このフロンティアに至るのもそれほど遠くのことではないでしょう。

 

 これからどうしましょう?フロンティアを宇宙に求めますか?

 この醜いシステムを宇宙に輸出するのは気が引けます…。

 

守りの下限規制

 輸出産業への傾注は外貨獲得のためです。

 お金自体に利用価値はないのに、利用価値のあるモノと交換してしまう。

 モノを出してお金を集めていることになんか変な感じぃ。

 

 不買運動を起こせばいいとは格差社会において簡単には言えません。

 だから不買運動も権利として行使できるような、運まかせでも希望的観測でも将来の技術革新を盲目的に待望するのでもない、健全で倫理的な現実的に持続可能な社会モデルの建設が必要なのではないかとおもいます。

 富の再配分の検証・是正やベーシック・インカム、なんでもいいですから。

 利益システムでないシステムなら粗悪品をわざわざ作らないでしょうし、わざわざそれを選びもしないでしょ。

 

 まずは国内関税ではないですが、明瞭明確な基準を定めた価格の下限規制をしませんか?

 現状でも独占禁止法の不当廉売といったものがありますが、たとえば送料やおまけやポイント還元などなどでよくわからなくなってますから。

 

 これはショッピングモールが街の商店街やアーケードを、家電量販店が町の電気屋さんを、大型スーパーが隣の八百屋さんや魚屋さんを飲み込んでいったとき、そしてまた飲み込んでいる今、もっと真剣に考えなければならなかったことなのではないでしょうか。

家電量販が「アマゾン価格」に怒り

言葉のすげ替え

 境界線はやっかいです。

 数学的には線は幅をもちませんが、実社会では幅をもった曖昧なものにならざるをえません。

 

 しかしそれをいいことに、どんどん幅を広げてあっちの境界線も、こっちの境界線も、それはもうだれがみても線とはいえないでしょ?というぐらい面積を広げて、それでもまだ居直って「いや、これは線だ」と言い張る「指鹿為馬(鹿を指して馬を為す)」社会。

保有 preservationとconservation

proprius(ラテン語):自分自身の、固有の

serve:保つ、役立つ、これから先に取っておく、保有する、維持する

おとなの左手の親指を左手で握る赤ちゃんの手の白黒写真

pre:前に

con:共に

 

 preservationもconserveも保有を意味しますが、conserveは実体がはっきりしない概念的なものを保有するときに使うそうです。

 

 お金は価値があると想定された本来価値のないものです。

 社会の共通認識のもとで富とみなされているものがお金ですが、共通認識が崩れて富でなくなったらpropertyの保全の適用外となる?

 そもそも実体がはっきりしないのでpreservationではなくconservation?

 

 実体的な資源を保有(preservation)しうると考えるけれど、前(pre)のひと、つまり未来世代の役に立つものを簒奪せず保っておくこと(serve)は、我慢ということではなく、それが公共の福祉に反しない許容内の権利、自然権として行使しうる範囲を規定しているのではないでしょうか。

 このような理念的な保有(conserve)が望ましいのではないかとおもいますが、こんなのは概念や言葉を組み換えただけの単なる言葉遊びに過ぎませんね。しつれい。