あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

神の機械化のジレンマ


完全無欠の被造物

 創造主が機械を作ったとき、それが完成したその瞬間はそれは完全なものでした。

 効率が悪かろうと技量が足りなかろうと落ち度があろうと運用上支障があろうと想定外な欠陥があろうと後に壊れようと…。

 

 潜在的な欠陥や運用上おこった不具合も、欠陥や不具合といったこと自体が解釈であり見方であり想定された目的に合わないといったことで、人一倍がんばったから成功しただとか、笑う門には福来たるだとか、勧善懲悪だとか、必ず報いはあるだとか、信じる者は救われるだとか、そういったものと同じようなもので根拠のない前提の上で躍っているにすぎません。

 

 機械が完成したとき、それは完全である創造主の意に沿い理想の形・機能を有しています。

 たとえそうでなくても機械に意思はなく、善悪もなければ良い悪いもありません。

 ただそこにあるだけ。

 ただそこにあるという一点においてそれは完全無欠です。

 

神の座をおわれる創造者

 後に壊れようと不具合をおこそうと、そのときにいたってもそれには意思がないのですから。意思があったとしても、ものである以上完全です。

 技術の進歩や潜在的な欠陥があったとしても、それは創造者が予期していなかったり、想定の範囲を超えたり、他の要因が絡んだなど、完全なものが完全でなくなるのは状況がかわり解釈がかわるだけで本質はかわらず完全は完全なままです。

 

 しかしこのとき意思ある創造者は完全なものが完全でなくなることをも見越すことができなかったわけですから、創造者が完全ではなくなります。

 依然完全なままである機械と完全ではなくなった創造者。ここで逆転がおこります。

 

 仮に完全なものが神であると定義されていたなら、創造者と機械とで神の地位が入れかわるでしょう。

 創造者が機械から再びその地位を奪いかえすには意思を捨てなければなりません。

 しかし、みずからを機械・ものへと作りかえても神の地位を奪いかえすことはできません。

 なぜならどちらも創造者によって作られたものでしかないので同等にしかならず上位に立つことができないからです。

チェンジ・ザ・ルール

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  • 作者: エリヤフ・ゴールドラット,三本木亮
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2002/10/11
 

 

創造者の座をおわれたひと

 はじめは人が社会をつくっていました。しかし後に社会が人をつくるようになりました。

 規則や常識、法や道徳によって理想的な人間像を提示してあてはめようとします。

 そこから外れれば外道として人ではないとみなされます。

 機械が創造主(の子孫)を支配するようになります。

 

 神との関係、神の要素であることを知ることができるのは思考する人だけ…だから……神は民族の鏡?

 

祈りは神への帰依

 神を敬うこと以上に祈ること自体、神へ帰依すること自体を目的として習慣化して、生の意味(生産)装置としてはたらきます。

 なので宗教・信仰は生を与えるものと(無意識的に)認識されるのではないかとおもいます。

 

 世界に溶けこむこと、世界と一体となることが救いの道だとすれば、知能は弊害でしかありません。知能は魔力。魔力な知能。

 

 知性は善とともに苦悩をも生みだしました。

 知性への反抗手段として、知性を消す方法として、自殺や修行や忘却などがありますが、どれも苛酷なので知性と仲良くやっていきたいとおもいます。

カウフマン、生命と宇宙を語る―複雑系からみた進化の仕組み

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