あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

偽善の上澄み

 生が尽きようとしているこの永遠を感じられるほど短い間に、いったい何度思い返し、もう何度目になるのかわからないが、再び、あの私の生と死とを分かつ岐路の場面の再現を始めようとしている。

 何度繰り返しても何かが変わるわけでもないし、ただただ残された時を浸食していくだけだというのに。

 分かれ道にさしかかった雪の残る林道

 善人だった人。

 いやきっとあの人は今までも、そしてきっとこれからも、ずっと善人であり続けるだろう。

 あの人が私を裏切ったわけではなく、私を裏切ったのは私の抱いていた欺瞞である。

 

 もうお終いだと思った瞬間、あの人の姿を見かけて、これで助かったと、それはあまりにも自然で日常ほど自明なことであったので、疑う余地など微塵も必要としない事実のように揺るがないほどの根拠のない確信を得ていた。

 あの人がただ一言「はい」なり「うん」なり「そうだ」と発してくれるだけで、いや言葉などなくともただ頷いてくれるだけでも何でもよかった。

 ただ【容認】の意思を示してくれるだけでよかった。

 しかもそれはあの人にとっては容易く、友人と挨拶を交わすことよりも容易いことであったにも関わらず、あの人はそれをしなかった。

 

 その理由はわかっている。

 なぜなら、【容認】はしてくれなかったが、その理由をあの人自身が私に語ったからだ。

生きる

生きる

 

 

 「私はキミを助けることができる。それも何の苦もなくできることをキミ以上に私は知っている。しかしそれでも私はキミを助けない。理由はない。敢えて言うなら気が乗らないというだけのこと。」

 

 「お願いです。助けて下さい。あなたはとても優しくていい人です。あのときもそんなようなことを言って助けてくれたじゃないですか。あっわかった。またあのときのように冗談を言って、私を心配させておいて助けてくれるのでしょう?その手にはもうのりませんよ。ただ今はあのときよりも状況は切迫していて、その冗談はあまりにも心臓に悪い。あまりの不安で今にも倒れそうなんです。今すぐ安心を下さい。今すぐ助けて下さい。お願いします。」

 

 「冗談を言っているわけではないんですよ。どれだけ頼まれてもキミを助ける気はないんだ。」

 

 「なぜこんなときにあなたは急に変わってしまったんですか。私を助けても助けなくてもあなたには何の不利益もないでしょう?」

 

 「まさしくそこなのだよ。キミを助けることは私に不利益をもたらすのだよ。私はこれまでキミの望むことをし、欲するものを与え、私に可能な限りのことをしてきたつもりだ。そしてまた私の方からはキミに何も望まず何も欲しなかった。いや、1つか2つはあったかもしれない。

 いずれにしろ私のキミへの奉仕の方が圧倒的に勝っていることにはキミも同意するだろう?しかしだからといってキミに何かをしてほしいわけでも、何かをかえしてもらいたいわけでもない。キミへの復讐心のようなものは一切ないし怒りも不満もない。

 私にできてキミにできないことは多いが、キミにできて私にできないことはおそらくないし、あってもそう多くはない瑣末なこと。キミにも私にもできることは大概私の方がうまく速くこなせる。私がキミに相談したことは一度もないが、キミは何度も私に相談を持ちかけてきた。解決策も示したし、実際うまくいっただろう?私はキミに資源も時間も知識も提供した。キミは私に何をくれた?もう一度言うが、私はキミに何かを欲しているわけではない。大量の木くず

 ただキミはこの点において私の役には立たず、無用・不用であるばかりか、私の時間を奪う厄介者・邪魔者でしかないのだよ。

 

 ここで発言をすこし訂正させて頂こう。もしかしたら私はキミに何かを欲しているのかもしれない。ただしそれは物ではないことと、まだキミからは提供されていないことだけは確かだ。でなければすでに私はキミのために動いているはずだから。

 それで聞きたいのだが、キミは私にとって何なのだ?

 キミは私には不必要だが、キミを必要としている人がいるのだろう?キミが私に何も与えなかったからといって気に病むことはない。そんなことを私は期待もしていなければ欲してもいないのだから。

 それに私も善意があってキミに色々とよくしてきたわけでは正直ないのだよ。ただ幼少のころからの習慣というだけのこと。あるいは教育や躾によってみずからあずかり知らぬ間に植え付けられ刷り込まれた道徳心や善意がそうさせているだけで、真の善意でそれをしているわけではなかったのだから。

 ただそのように振る舞った方が社会の中で生きやすいというだけ。その方が得策・有益というだけであって、よいことをしよう、キミのために何かをしようというわけではなく、いわばこのようにすれば自らに望ましいよい結果が得られると承知の上での反応に過ぎないのだから。

 

5つの振り子が接した物理おもちゃ

 このわたしの反応をキミをはじめとしたひとたちが勝手に善意と名付けて解釈する。結局善意なんてものは当の本人に根拠を持つのではなく、それを解釈するものにゆだねられているということなのだろう。

 するとその対義語である悪意というのもそんなようなものなのだろう。行為者ではなく受用者によるということ。」

 

 「確かにあなたからは与えられる一方で何もかえすことはできないかもしれない。それにいくら冷たい言葉を並べ立てても、やはり心のどこかでは良心が痛んでいるのではないですか?あなたはそんな冷たい人ではない。本当は暖かくていい人なのだから。」

 

 「さきほども言ったが、キミには良心と見えていたものは単なる反応なのだよ。たいした意味はない。

 それにあのときキミを見放し見捨てることもできたが、それをしなかったのは、私の良心が疼いたからではなく、私が欲する何かをキミがくれるかもしれないという淡い期待がほんの少しだけ残っていただけで、今はそんなことはないと強い推測がはたらいてキミを助けないと決めたときから、キミとはもう関わらないと決めたときから、キミにはもう何の気も配らなくていいと思うと、何というか楽なんだよ。わかるかね。キリストのシルエットの中にたくさんの英単語が書かれているイラスト

 

 強がりやなにかではなくて面倒なことが1つ消えたと思うとなぜもっとはやくにそうしなかったのかが不思議に思うほど、本当はもっと前からキミには期待がないことを知っていたのに認めようとせず、見て見ぬふりをしていたのかがわからないほど明確にそう思うのだよ。別にキミに恨まれてもどうでもいいどころか何とも思わない。」

 

 「私はあなたから与えられる一方で何も返しては来なかったにも関わらず、今回もまた助けてもらえるだろうと思い込んでいました。自分の勝手な思いこみに自ら裏切られただけで、あなたには何の非もない。

 あなたが私を助けなければならない義務も道理もない。労のあるなしにかかわらず、あなたの意思を無視して勝手に決めつけていた。

 あなたに善意のあるいなしに関わらず、あなたは私によくしてくれた。私はそう感じている。だからあなたはこれまでも、これからも私にはいい人です。

 あなたが私を助けてくれなくても、あなたは善人のままです。

 それなのにあなたが憎い。私を裏切ったのは私だとわかってはいても。」

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