あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

アメリカ・インディアンのハーモニー


ネイティブ・ハルモニア

 アメリカ先住民の思想の根底には調和があります。

 先住民のなかでもとくにシャーマンやメディスンマンといわれるひとたちは、時に意味を成さないような支離滅裂な文脈をもって核心をつきます。

 それがわたしにはソロモンやニーチェに先鞭をつけるアフォリズム(箴言)使いだったようにおもわれます。

ニーチェに似たマリオネットのイラスト

 

 言葉によって形を整えれば伝わりやすくはなるでしょう。

 しかし事象を言葉の型枠に押し込めてしまうことで意志が硬化して、流動する状況に対応できなくなり、調和を乱すことがあります。

 

 形をもたない言葉の形式がアフォリズムだったのではないでしょうか。

 また、それもあって選択的に積極的に文字をつくらなかった可能性もあるのではないかという懐疑の念ももっています。

 

調和に導く儀式

 先住民は一昼夜、二昼夜、部族によっては1週間ほどにもわたる過酷なダンスなどの儀式をもちます。

 1週間ほど飲まず食わずで一人森に入るvision questというイニシエーション(通過儀礼)があるようです。visionといわれるのは、この儀式の終盤にvisionをみるからだそうです。

 猛獣や毒虫もいるような極限環境の中で1周間も断食断水すれば、幻覚のひとつもみえるのも不思議ではないでしょう。

 

 vision questのあとにsweat lodgeにメディスンマンと入り(vision questはなく、sweat lodgeだけを行い、sweat lodgeでvisionを得る部族や儀式様式もあるようです)visionから新たな名を与えられます。

 その名は自然に関するもの、なかでも動物に関する名前が多くあります。

 

調和の命名

 この儀式は自然の中で己の存在の希薄さを突きつけて忘我に誘い、それでも存在していること、自分を肯定するしかないことを悟らせて、言葉によらない調和に導くための方法ではないかとおもいます。

 そして新たな名によって、自分であって自分でない、自然の中の、自然と調和したなにものでもない自分であることを忘れないようにします。

 

なくならないひとつという和

 祖先を敬うのは、祖先は死者であり霊であり何でもあり私であり、私は死者であり霊であり何でもあり祖先である調和した世界の住人であるから。

 

 リーダーがそれほど重要ではないのは、皆がいつでもリーダーになれて、リーダーがいつでも皆になれるから。

 

 彼らが死を悲しむことはないと言うのは、私はいつでも、どこにでもいるから。

 自己保存は全体保存であり、均衡を保ち調和を保ちます。

 

 彼らの道徳観は正しいか間違っているかというよりは、それが自然に適うかどうか、善悪ではなくハルモニアの問題であるようにおもわれます。

今日は死ぬのにもってこいの日

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調和を乱した道具

 先住民のコミュニティ崩壊の要因は所有概念やお酒、金や外交などなど、いくつもあげられますが、ヨーロッパから持ち込まれた鉄砲と馬もその一つらしいです。

 それまでは集団でしか狩れなかったバッファローなんかの獲物が個人でも狩れるようになったから。カール・ボトマーの「馬に乗ったブラックフットの戦士」

 

 道具で利便性があがるけれど失うものもある。

 道具がコミュニティを壊して道具でコミュニティをつくる。

 つくったりこわしたりいそがしいね。

 

形態のリンク。類似のリング。

 カナダインディアンの骨格は日本人ととても近いらしいです。

 「和を以て貴しと為す」倭国?和国!和の国?!調和を基調とする日本。

 骨格が似ていると思想も近いのかな?

 

 形態をもたないものが形を成すこともあれば、形が形態をもたないものを成すこともあります。

日出処の天子

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ベビーブーム?

 ヒッピーブームの去った数十年後に、もう一度日本でアメリカ・インディアンブームらしきものがあったとおもいますが、あのときドリーム・キャッチャーがは流行りましたよね?

晴天のなか日に照らされたドリーム・キャッチャー

 カナダの方が言ってましたが、あれは赤ちゃん用だそうで…

 今も車のバックミラーなんかにかけてあったりしますが…まぁいろいろな部族があってドリーム・キャッチャーを赤ちゃん用で使ってるわけではない部族もあるのかもしれませんからいいですが、それでも、それを聞いてからは強面ヤンチャな車なんかにかけてあると「幼児宣言?」と、口には出さずに頭によぎります。