あめみか

「雨はいつもわたしのみかた。」 … 思想・哲学・世迷言からイラストまで、多岐にわたってたいへんくつに綴っています。

いいたくない。


言わなきゃだめ?

 わたしは「バカ」と言いたくない。

 

 「バカ」の語源の弱い異説に「鹿をさして馬をなす」という故事があります。

 この故事の意味からすると「全然ばかにしてないじゃない」とおもったの。

 

ただひとりのバカ

 そもそも「バカ」とおもってもそれを口にする必要ってある?

 なにか好転することはないでしょ?

 それでもどーしても口にしちゃうことがあったのね。

 もちろん本人には言ってませんよ。

 わたしが「バカ」と口にしたときはそれだけ怒り心頭のサインでもあるわけね。

 

 生涯いまだに「アイツはバカだっ!」とおもっているのはたった1人だけ。

 そんなひとがたったの1人しかいないって、なかなかめぐまれた人生だとおもわない?

 んっ?

 じぶんもふくめれば2人か。

 

強いァ

 他には〜「ば」も「か」もアの音で強いこと。

 ながらくわたしは「ハイッ!」という返事(そうそうしてきませんでしたが)の力の入る「ハ」がイヤで、わからないように「ァイ」と返事してました。

 

 それが行き過ぎて今でもお手紙やメールでの返答では「アイ。」と送ります。

 「ハイ(排)」より「アイ(愛)」にむすびついてて受け入れてる感じがするでしょ?

 ちょっとした願掛けにもなってるの。

バカの壁

バカの壁

 

 

ひそかな願掛け

 願掛けでいうとー昔からあいさつも苦手。

 「お早う」「今日は」「今晩は」って、なに?

 時間帯を言ってるだけでしょ?

 

毎日のお願い

 もとは「朝も早くから◯◯ですね。」「今日も◯◯だね。」「今晩は◯◯だなぁ。」って、会話をはじめるきっかけみたいなものだったとおもうのですよ。

 

 でもね。

 あいさつをするってことはそのつど会話のはじまりを確認してるみたいで、「さようなら〜」って言うたびに会話と関係と時間に終止符を打つみたいで糸が途切れてしまうようでイヤなの。

 今日も会うのがあたりまえ。

 ちょっと間があいたけど、こうして会うことはひとつ屋根の下で一緒に暮らしているぐらい当然のことなのよ。と、おもいたいの。

 あいさつをしないことがわたしの願掛けなの。

 

したくない。

 だのに。「挨拶が基本です。」「挨拶は大切です。」の一辺倒。

 まるであいさつしないひとはひとではないとでも言いたげな論調。

 あいさつができないわけではないの。

 したくないだけ。

 それがわたしの願いだから。

 

 できるだけ挨拶しないように、挨拶してるひとの近くでさも挨拶しましたよって風を装って会釈するの。

 この手は謝るときにも使えることがあるの。

 なんにんかで謝りにいくときなんかはとくに。

 声を出すのが出遅れた感を醸し出しながら会釈だけする。そうするとこっちは謝ってないし、向こうは謝られたっておもうでしょ?どっちも傷つかない汚い手。

 

しないで。

 ちょっと困るのは挨拶されるとき。

 なにも言わないわけにはいかないから仕方なく挨拶を返すこともあるけれど、相手が挨拶してる声にかぶせて小さな声で「アイ」って言うとか、相手の会釈が終わる頃をみはからって会釈しはじめるとか、挨拶されるまえに会話をはじめちゃうとか、ちょっといそがしい。

あいさつ

あいさつ (はじめての絵本たいむ)

  • 作者: いもとようこ
  • 出版社/メーカー: 金の星社
  • 発売日: 2011/11/09
 

 

尊重してくれる?

 ひとの意見は尊重しましょうって言うけれど…尊重してくれる?

 

 わたしはどうやらこのまま、実はあいさつしてないってことに気づかれないで生涯終われそうだから一安心なんだけど、こんな奇特なひとが他にもいたら、その子は窮屈なおもいをしてるとおもうの。

 あなたにとって気持ちのいいことがわたしにとっても気持ちのいいものだとはかぎらないの。

 夜型のひとにとって朝は世間一般でいう昼だってこともあるのだから、朝はみんなの朝だとはかぎらないの。

 

呼びたくない

 じぶんのなまえを言わなきゃならない自己紹介も苦痛だったけれど、あいてを呼ぶのもいやだった。

 まずあいてを「父」「お母さん」「おじいちゃん」「ばあさん」って代名詞で呼ぶことに違和感があってね〜。

 このひとはこのひと一人しかいないのになんで一括りの呼び方しなきゃならないの?

 あなたの「お母さん」とわたしの「お母さん」はちがうのに。

 

 だからといって名前を呼ぶのも実名敬避ってわけではないけれど、名前がそのひとのすべてをあらわしてるわけではないから〜なにか掬いそこねているような、なんというか…そんなモヤモヤがあって苦手だった。

 

呼ばない工夫

 だからできるだけ名前を呼ばなくていいように、気にせず話はじめちゃうとか、目の前に何人もいるときはそのひとの方を向くとか、ちょっと近づいてみるとか、こちらからは話はじめないとかしてた。

 

 そんなことなかったからいいけれど、知り合いのだれかが行方不明になっちゃって探そうってなったら、わたしはどう言えばいいんだろう?

 大きな声を出すのもいやなのに、いやなことをいやな大声でしなければならないなんて、もぅ…。

 ドラマなんかみてても、これはわたしにはできないっておもっちゃう。

返事

返事

  • 作者: 太宰治
  • 発売日: 2012/09/13
  • メディア: Kindle版
 

 

毎myマイナー・マナー

 マナーや常識はたいせつですよ。

 必要最低限はしてきましたよ。

 でもそれを桜吹雪の刺青や三つ葉葵の紋所にして有無をいわさないというのはどうでしょう…。

 金さん若い頃は放蕩者だったでしょ?

 光圀さんも若い頃に辻斬とかしてたでしょ?

 永久普遍のマナーや常識なんてないでしょ?

 

 思考する人間がたくさんいるとなかにはこんなふうに社会になじめないひともいるんですよー。

 

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